井波は工匠の町でもあります。その歴史は古く桃山期には、伏見城造営に御用大工として腕をふるい、江戸後期瑞泉寺再建のおりに京都の木彫技術を学んだことが井波彫刻の始まりとなっています。 宮大工や社寺彫刻より出発した井波の工匠は、明治に入って次第に欄間などの室内工芸へと仕事を広げ、専業の木彫刻師や塗師を生み出しました。この工匠の中から、伝統技術を新しい時代感覚に調和させ、自由で創造的な造形表現に挑戦しようという作家たちが現れ明治後期には、欧米の万国博覧会受賞者を昭和9年に初めて帝展の入選者を、昭和16年文展には5人の入選者を、その後商工省輸出工芸展への出品者を含め10数人の作家たちが延べ40回余りの入選を果たしました。戦後の井波美術は、日展