光村グラフィック・ギャラリー(MGG)
光村印刷では、芸術を中心に人々が集いコミュニケーションできるスペース創り を目的とし、1997年に光村グラフィック・ギャラリー(MGG)を 開設しました。以来継続して、グラフィックや写真等の芸術文化の情報発信スペースとして使用しています。
公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団 埋蔵文化財センター
〈埋蔵文化財(まいぞうぶんかざい)〉あまり聞き慣れない言葉です。埋蔵文化財とは、もともとは『文化財保護法』のなかで用いられたもので、遺跡(いせき)・遺構(いこう)・遺物(いぶつ)をあらわす概念(がいねん)として使用されていた用語です。簡単にいうと、-土の中に埋まっている文化財-と理解していただければよいでしょうか。『文化財保護法』とは,歴史的・文化的・自然的遺産である文化財の保護を目的として制定された法律で、その中には,遺跡の発掘に際しての手続きや、遺跡のある場所での開発に対する処置が定められています。
広瀬川美術館
今は昔に比べ何もかも便利になりました。しかし美しいものも又失ったのです。自然、信仰そして人の心。広瀬川美術館は訪れる人の心に美術を通じて癒し、安らぎをもたらしたいと考えます。前橋が戦後流れて来た時の軌跡でもある館内を散策すると“空間に堆積した時間”と“在り続けてきた物”とが訪れる人が日頃忘れていた心のどこかに共振し、魂の密度を濃くしてくれるはずです。借景とする街の移ろい、緑の影、そして広瀬川の流れが訪れる人に“生きてゆくにふさわしい時とは何か”を感じさせ、癒しと安らぎを伝えます。何故なら、訪れる人は水とともに流れて止まぬものこそ自分であることを知るからです。
広島市郷土資料館
戦前・戦中・戦後を見つめる被爆建物●原爆の爪あと●現在、折れ曲がった鉄骨を、玄関の天井に一部保存しています。見えにくい場合は、ライトに照らされた鉄骨の天井に映る“曲がった影”を見ていただくと、曲がった箇所がわかりやすいです。昭和20年8月6日に投下された原子爆弾による爆風のため、北側屋根の鉄骨が同じ部位ですべて下向きに折れ曲がりました。この場所は爆心地から南南東3.2キロにあり、最大風速およそ28m/秒、最大爆風圧およそ1.2トン/㎡を受けたものと推定されています。戦後、この建物は、広島市内に残る数少ない明治の近代洋風建築で、建築技術や意匠が優れていることなどから、昭和60年4月に広島市の重要有形文化財に指定され、5月に広島市郷土資
広島市江波山気象館
江波山気象館は全国でもめずらしい、お天気の博物館です。風の強さが体験できる「突風カプセル」や、台風や雲の中に入ったような雰囲気を味わえる「タイフーンボックス」などの体験展示で、お天気について楽しく学ぶことができます。
広島平和記念資料館
まず、1945(昭和20)年8月6日に、この広島で何が起こったかを知ってほしいと思います。一発の原子爆弾げんしばくだんによって多くの人々が一瞬いっしゅんにして生命を奪うばわれました。生き残った人々も原爆げんばくによる後障害こうしょうがいで今でも苦しんでいるのです。家族みんなが全滅ぜんめつした家もあるし、また、大切な家族を亡なくして悲しみを抱かかえて生きてきた人もたくさんいます。ここには、こうした方々から寄せられた資料が展示てんじされているのです。見学するときは、心の目を見ひらいて、資料に接してください。 核兵器がいかに恐ろしいものであるか、またそれを含めて戦争がいかに悲惨なものであるか、そして平和がいかに大切であるかをみなさんに知っ
康花美術館
康花美術館は、30歳で亡くなった女流画家・須藤康花(すどうやすか)を記念し、2012年長野県 松本市北深志に開設した美術館です。ひたすら生きることを見つめ、光と闇が交錯した独自の世界を鉛筆・木炭、油彩、水彩、版画等で描き、作品は心象風景、人物、風景、自画像と多岐にわたります。死後に見つかった1000点近い絵画及び詩作には、たえず死と対峙し模索し続けた、夭折画家の凝縮し た世界が塗りこめられています。松本城から北東方向へ徒歩約13分のところにあり、常時50余点を展示しています。