榎忠

バブルラップ<br>「もの派」があって、その後のアートムーブメントはいきなり「スーパーフラット」になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を「バブルラップ」って呼称するといろいろしっくりくると思います。特に陶芸の世界も合体するとわかりやすいので、その辺を村上隆のコレクションを展示したりして考察します。

ARTLOGUE 編集部2018/12/24(月) - 17:18 に投稿

「バブルラップ:『もの派』があって、その後のアートムーブメントはいきなり『スーパーフラット』になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を『バブルラップ』って呼称するといろいろしっくりくると思います。特に陶芸の世界も合体するとわかりやすいので、その辺を村上隆のコレクションを展示したりして考察します。」は、世界的に活躍する現代美術家村上隆のキュレーションにより、日本の戦後の現代美術を捉えなおそうという展覧会です。

村上隆らにも影響をあたえ、半刈りでハンガリーに行ったアーティスト。その男、榎忠。: 生き様 01

ARTLOGUE 編集部2018/07/23(月) - 09:00 に投稿

生きづらい現代社会をサバイブする!!
連載「生き様」は、アーティストやクリエーター達の生き様からみえてくる、現在(いま)を生き抜くヒントを共有、発信していきます。

 

村上隆らにも影響をあたえ、半刈りでハンガリーに行ったアーティスト。その男、榎忠。

 

大阪万博のシンボルマークを体に焼き付け、ふんどし姿で東京・銀座での日本初の歩行者天国を練り歩くも、わずか10分足らずのうちに騒乱罪で逮捕される。全身の体毛の半分をすべて剃り落とし、当時、共産国だったハンガリー国へ行く。かと思えば女装しRose Chuと称して2日間限りのバーを営むパフォーマンスを行う。大砲型の作品で行う祝砲パフォーマンスは榎忠の代名詞にもなっている。村上隆やヤノベケンジらにも影響をあたえたアーティスト、榎忠に自身の生き様について語ってもらいました。

 

「鉄道芸術祭vol.6 ストラクチャーの冒険」 フォト&ビデオレポート

ARTLOGUE 編集部2016/11/12(土) - 22:43 に投稿

京阪電車中之島線 なにわ橋駅の地下1階コンコースにあるアートスペース「アートエリアB1」で本日から「鉄道芸術祭vol.6 ストラクチャーの冒険」が開催。
鉄道芸術祭は"鉄道"のもつ車両や沿線図、先進的な技術など魅力と、その創造性に着目して行われるアートプロジェクトです。
第6回目は「ストラクチャーの冒険」と題し、鉄道がもたらした社会システムなどの様々なストラクチャー(構造、機構など)に着目しています。
本展では、物理的構造をつくる現代美術家の榎忠、システム的構造をつくる音楽クリエイティブチームのインビジブル・デザインズ・ラボ、イメージ的構造をつくる漫画家の五十嵐大介の3組の作品で構成されています。

「榎忠展 美術館を野生化する」 CURATORS TV

ARTLOGUE 編集部2012/03/01(木) - 00:00 に投稿

「榎忠展 美術館を野生化する」のギャラリートーク

スピーカー

出原均

会場

兵庫県立美術館

会期

2011年10月12日~11月27日

JAPAN KOBE ZEROの軌跡 

ARTLOGUE 編集部2017/11/09(木) - 15:43 に投稿
《白布400 ㎡》1972 年

 

本展は、神戸の前衛的な美術グループ、「JAPAN KOBE ZERO」の活動に焦点を当てます。
同グループは、古川清をリーダーとして、榎忠、松井憲作たちによって1970年に結成されました。もともとデッサン教室での活動でしたが、その中から先鋭的な表現を行う動きが生まれました。街中で大規模なパフォーマンスを行ったり、美術の枠を破るような展示を行ったりしました。1975年には兵庫県立近代美術館での「アート・ナウ」に参加し、松の木がピロティから屋上に突き抜けたかのような作品を出品しています。集団での活動ゆえに多彩なアイデアと旺盛なエネルギーが生まれましたが、メンバーの入れ替えもあり、1979年頃に解散しました。

グループのメンバーからの聞き取りによって主な活動をまとめ、当時の写真や印刷物、展示物の一部、記事が掲載された雑誌などの資料展示によって紹介します。