※記事内使用画像の内「L . A . TOMARI」の正式表記は「L . A . TOMARI」となります。
皆川明さんの名前を聞くと、何が頭に浮かぶでしょうか。
皆川さんが立ち上げたブランド「ミナ ペルホネン」に代表される、テキスタイルから丁寧に手掛けられた洋服やバッグでしょうか。
1995年に「ミナ」(フィンランド語で「私」)の名でスタートした「ミナ ペルホネン」も今年で25歳。現在はファッションに留まらず、インテリアや食器等、人の暮らしに寄り添う様々なプロダクトを展開されています。
そんな皆川さんとミナ ペルホネンの世界がぎゅっと詰まった展覧会が兵庫県立美術館で始まりました。
展覧会タイトルは「つづく」。この一風変わったタイトルについて皆川さんは、展覧会図録に収められた、建築家の田根剛さんとの対談の中で、「この『つづく』というシンプルな3文字には、継続性とか積み重ねとか、単純な繰り返しだけではない、新しいことにつながっていくということも含めての『つづく』という想いを込めています。ミナ ペルホネンが25年間やってきた物質的な積み重ねということと、考えとして続いていくということと、そしてお客様の手に渡ってからの時間も含めて、続いていくということも展覧会で見せたいと考えました」*と述べています。
2019年11月16日(土)〜2020年02月16日(日)に開催された東京会場(東京都現代美術館)での会期中、14万人以上の来場者を迎えた本展。兵庫県立美術館でも、東京同様、「実」、「森」、「芽」、「風」、「根」、「種」、「土」、「空」と名付けられた展示室で構成されていますが、会場スペースが広くなったことに伴い、出品点数が増える等、質量共にボリュームアップしています。
「せめて100年つづくブランドに」との想いを込めて歩を進めてこられた皆川さんとミナ ペルホネンのこれまでとこれからが凝縮された展覧会の魅力をお伝えします。
デザインから様々なプロダクトへ-「実」のように育み広げるものづくり
今回の展覧会では、前述の田根剛さんが会場構成を担当しています。大規模な展覧会は9つのエリアからなり、それぞれ「雲」、「実」、「森」、「芽」、「風」、「根」、「種」、「土」、「空」と名付けられています。これらは、ミナ ペルホネンのものづくりの営みを自然界になぞらえたもの。
ミナ ペルホネンのテキスタイルを用いたクッションが壁を覆いつくすエントランスの「雲」を抜けると、まず出迎えてくれるのは「実」のエリア。ここではミナ ペルホネンを代表する刺繍柄の“tambourine(タンバリン)”に焦点があてられています。デザインが生まれ、生地となり、そこから洋服やインテリア等様々なプロダクトに姿を変え、展開していく様が、鮮やかな黄色のスペースに広がります。
通常刺繍の図柄には上下がありますが、不揃いの25個の小さなドットが円を描く“tambourine”にそれはなく、無数の円がさながら曼荼羅のように布地に広がります。シンプルな輪の連なりからなるデザインは、ミナ ペルホネンのデザインに通底する普遍性の最たるもの。
2000年の誕生から生産されてきた“tambourine”の布地は、112.8158kmにもなるのだとか。機械によって一つの輪を9分37秒かけて丁寧に刺繍するため(生地一反に並ぶ輪の数はなんと6760!)、一度に生産できる量は限られていますが、大量生産するのではなく、適量を長く生産することで、積み重ねられてきた数値に圧倒されます。
ミナ ペルホネンの25年間が集積した洋服の「森」
「実」の次に続くのは「森」。ミナ ペルホネンがこれまで生み出してきた服の一部(といっても400体弱)が周囲一面を取り囲み、みる人を圧倒します。面白いことに、その配置は時系列ではありません。一過性のデザインではなく、長く大事にしてもらうことを前提とするものづくりを重要視してきたからこそ、あえて季節や年代、コーディネートにこだわることなく構成されています。
短サイクルで流行を消費するファッションのあり方が当たり前となっている昨今、時代や流行にとらわれないミナ ペルホネンの取り組みは、我々に「ファッションとは何か?」を問いかけます。ミナ ペルホネンのアーカイブとして楽しむだけではなく、「森」に佇みながら、服をつくる喜び、服をまとう喜びについて改めて考えてみてはいかがでしょうか。また、一貫して、国産の技術、素材を用いて国内でつくられてきた洋服は、日本のものづくりの豊さ、奥深さを体感させてくれます。
テキスタイルへと「芽」吹くデザイン
ミナ ペルホネンのプロダクトは、生地からデザインする点が特徴的です。「芽」のエリアでは、皆川さんや田中景子さん他デザイナーが手掛けたものを中心に、生地のためのデザイン画が展示されています。
貼り絵やドローイング、ゴム版プリント等、多様な手法を用いて描かれた原画は、スケールも様々。いずれも手から生まれるラインが大事にされています。
愛らしい原画の数々に、ミナ ペルホネンのファンならずとも夢中になってしまいそうですが、注目していただきたいのは、それぞれがもつストーリー。例えばたくさんの熊たちが描かれた“alive”は、人里に熊出没のニュースを聞いたのが発端となるデザインなのだそう。人目線からすると生活圏に現れる熊は悪者かもしれませんが、森の環境を損ね、熊が人里に降りてくる要因をつくった人にも責任があります。そんな状況をある日熊が意見しにきたら…?よくみると「はい!」と手を上げる熊がいます。このデザインはまた、違う視点でみると物事は違ってみえるということも示唆しています。
ミナ ペルホネンの図案には、愛らしい中にも現代社会を映したエッセンスが潜んでおり、皆川さんをはじめとするデザイナーの深い思索が垣間見えます。
「風」-ミナ ペルホネンをまとう「日常」
「風」のエリアでは、現代美術家の藤井光さんが、山形や沖縄、東京、パリに暮らす4人のミナ ペルホネン愛用者の日常に密着した映像作品《着る喜びの風景》を楽しむことが出来ます。
こちらは、アトリエで生まれたデザインが職人の手を経てテキスタイルとなり、洋服に姿を変えて誰かの大事な一着となる、そんな旅の後の映像でもあります。
デザインは人や暮らしと関係することでその価値を広げ、対する人も、様々な感情や記憶を積み重ねていきます。
ミナ ペルホネンを身に着けた4人4様の特別な「日常」は、デザインと人との幸せな関係性を考えさせてくれます。
様々な領域で「根」をはり広がり続ける皆川さんの創作
「根」のエリアには、皆川さん個人の創作にスポットをあて、朝日新聞の連載コラム『日曜に想う』や、日本経済新聞に掲載された川上弘美さんの連載小説『森へ行きましょう』の挿画、詩人である谷川俊太郎さんが手がける赤ちゃんから楽しめる絵本シリーズ向けに描いた絵、今回の展覧会のために制作された壁画等、ミナ ペルホネンとは違う領域で展開される創作の数々が一堂に会しています。
1枚1枚タッチを変えて描かれた挿画のバリエーションをじっくり楽しむのもおススメですが、谷川さんとのコラボレーションである絵本『はいくないきもの』(クレヨンハウス)の絵は、皆川さんのテキスタイルデザインとしてイメージされる可愛らしさを良い意味で裏切る点で必見です。アクリルに表と裏から色彩豊かに描かれているのは、空想の生き物たち。皆川さんに絵本の原画をオーダーした谷川さんは、怪物めいたその姿に絶句したそうです。絵に呼応する言葉を探す中で、「俳句」という形式に辿りついたとのこと。
また今回の展覧会では、それぞれの会場でオリジナルの壁画が制作されていますが、そちらも見逃せません。東京都現代美術館での《ライフパズル / life puzzle》が様々な動物の姿を描いて生命全体のつながりをとらえているのに対し、兵庫県立美術館の壁画は水草にすまう親子の鳥を題材とし、より近しいもの同士の命のつながりを表現しています。
アイデアと試みの「種」
「種」のエリアには、皆川さんやミナ ペルホネンのものづくりに対する考え方や様々なアイデア、またそれらの出発点となったものが集められています。
例えば、皆川さんが服をつくるきっかけとなる、フィンランドの旅先で出会った一点ものの服といった貴重なものも。
服やオブジェ、映像、言葉等様々な展示品の中で、特に目を引くのは皆川さんが将来の夢として構想している「簡素で心地よい宿」のプロトタイプ。
「shell house(シェルハウス)」と名付けられたこの建築の設計は建築家の中村好文さんによるもので、巻貝などの曲線にみられるフィボナッチ数列を応用し、渦巻きの構造が取り入れられています。
服から始まったミナ ペルホネンのデザイン領域は、根幹にあるものづくりの哲学はそのままに、建築やその中でのサービス等、年々広がりをみせています。
「土」-服を介して生まれる喜びと記憶
今回の展覧会の中で特に重要な意味を持つ「土」のエリアでは、15人のミナ ペルホネン愛用者から借りた一着を、服にまつわるエピソードと共に紹介しています。
短期間で消費されるのではなく時を重ねて愛されるプロダクトを目指してつくられたミナ ペルホネンの服が、どのようにそれぞれの人生に寄り添い、豊かな時間を生み出してきたのか。人生の様々な場面を切り取る15通りの記憶は、服と人とが築き得る深い結び付きとその喜びを教えてくれます。
「空」の広がりのようにつづく活動の軌跡
展覧会最後のエリアとなる「空」では、25周年を迎えたミナ ペルホネンの年譜と、皆川さんがこの展覧会へ込めた思いを語るインタビュー映像が展示されています。
「せめて100年つづくブランドに」という皆川さんの想いを受けて、年譜は100年後の2095年まで時を刻み、次の100年に向けて「つづく」と結ばれています。
皆川さんは来る2095年のものづくりを想像し「analotech manufacture」という言葉を生み出していますが、そこにあるのは、技術が人の役割を奪うのではなく、技術によって人の可能性が広がり、次世代への継承がよりスムーズになる未来です。
2095年、ものづくりはどのように変化を遂げ、人とプロダクトの関係を紡ぎ上げるのでしょうか。
最後に
過去最大規模で皆川さんとミナ ペルホネンの創作に迫る今回の展覧会は、服やデザインのためのスケッチ等が展示される従来のファッション展とは一線を画し、プロダクトがどのような考察を経て生み出されたのか、いわば創作の根っこの部分に光があてられています。
人にとってより良い生産サイクルとは何か?ファッションそのものの在り方や人とデザインの関係性等を問いかけながらものづくりに真摯に向き合いつづけた25年間の軌跡は、つくる人の喜びと使う人の喜びに満ちています。
その一端に触れて身近なものとの関わりを見直すことは、暮らしの中で新たな喜びをみつけるヒントとなるかもしれません。
■開催概要
会 期:2020年7月3日(金)~11月8日(日)
会 場:兵庫県立美術館 企画展示室
時 間:10:00~18:00
*日時指定による事前予約制
*金・土曜日は20:00まで
*入場は閉館の 30 分前まで
休 館:月曜日
*ただし8月10日、9月21日は開館、8月11日、9月23日は休館
料 金:日時指定による事前予約制のため、入場時間や購入方法等の詳細はこちらをご覧ください。
※新型コロナウイルスの感染拡大防止の為、今後会期等が変更となる可能性がございます。事前に最新情報や来館の際の感染予防対策をご確認の上、観覧をお楽しみください。
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*『ミナ ペルホネン/皆川明 つづく』(展覧会図録)東京都現代美術館/兵庫県立美術館、2020年、248頁。