「餐」ジクレープリント 2018 年 © Mami Kosemura
近年、日本では写実絵画の人気が高まっています。検索すればいくつもの写実絵画展がヒットし、キャリアの浅い画家の写実作品でさえ品薄であるという新聞記事も目にします。確かに写真であるかのように精密に描かれた人物や静物は、技術的な鍛錬を経た画家の手業を現し、純粋な感動を観る者に与えてくれます。また、画面上の細密な描写のみならず、その描写を通して物事の本質を表そうとする作家の姿勢にも心が動かされるでしょう。
小瀬村真美の作品は、写実絵画、中でも 17 世紀西洋の写実的な静物画を参照しています。初期の『Decaying』(2001 年)はカラヴァジェスキ(注 1)の静物画を引用したものですし、『Sweet Scent』(2003 年)はフランシスコ デ スルバラン(1598-1664)の『オレンジ、レモン、水の入ったコップのある静物』(1633 年)をもとにした作品です。但し、それらは一見したところ静謐な写実絵画のようでありながら、実は作家が組んだセットをデジタルカメラでインターバル撮影し、その数千もの写真を繋げたアニメーション。しかも制作にあたって は、写真の得意とする写実を希求するのではなく、カメラに写る三次元の現実を、構図および描写においてい かにニ次元の絵画的写実に近づけるかに腐心しています。作家はその過程で、写実絵画の本物らしさが、対象 や空間を変形したり整形したりして作られていることを発見し、画中の現実らしさと現実との差異=絵画の嘘、 虚構性を明らかにしていきました。
――絵画の中で描かれた風景を実際に日常へと、三次元の空間へと引き戻した時、描かれた風景と現実とのずれは明るみになります。「変形」や「整形」された日常は、再び現実へと引き戻されて初めて、日常の姿とはかけ離れた奇妙で滑稽な風景となって現れるのです――(注 2)
しかし興味深いことに、一旦は虚構となった絵画は、小瀬村によってアニメーションになることで再び現実 らしさを獲得します。そこには写実絵画の現実感とは別の、アニメーションの“動く”という時間的要素が観 る者にもたらす強靭な“生”の感覚が現れています。
――どんなに奇妙で滑稽な姿に成り果てたとしても、映像として一枚の絵画を動かした瞬間、その風 景は、そのものの持つ本来の「生のイメージ」を私たちにふいに垣間見せます。時間や動きは、絵画 という「変形」され、「整形」された奇妙な風景へと成り果ててしまった日常が、日常へと帰ろうと するきっかけになり得るのです――(注 3)
このように、 “静物動画”制作を通じて、絵画×写真×映像の豊かな可能性を見出した作家は、さらに気付 きのひとつひとつを丁寧に作品化していきます。異なるメディアの時間的・空間的構造についての考察、像(イ メージ)の表面への関心、物質的・触覚的な映像への挑戦など、作品は作家の探究心とともに展開していきま した。 小瀬村作品が魅力的なのは、知的な美術的探究が作品に反映されていることに因りますが、他方、地道なイ ンターバル撮影による動画制作の結果、自身の目では気付くことのなかった、写真や映像特有の視覚的世界、 ヴァルター ベンヤミンの言う「無意識が織り込まれた空間」(注 4)が立ち現れる瞬間を体験し、撮影すると はどういうことか、制作の何たるかに気付いたことも理由のひとつでしょう。その体験とは『Decaying』を再 生させた時の出来事――引用したヴァニタス画(注 5)のように、ただただ枯れていくと思われていた切花の 蕾が、予想に反して勢いよく大きく花開いた――という出来事でした。
――映像や写真を撮影するということは、その設定がどんなに演劇的、虚像的であったとしても現実 を映すことであり、私がすべきことは、その予測不可能な現実を、ただ注意深く見るための設定を整 えることなのではないだろうか?もっと現実とは曖昧で、重要なことはその曖昧さの中に隠されて いるのではないだろうか?――(注 6)
上記のような経験を背景に、近年の『Pendulum』(2016 年)や『Objects - New York』(2016 年)など、作 家が「エラーの要素」と呼ぶ映像の歪みや正体不明のオブジェクトを絡める作品、つまり、美術の問題に還元 されず、自身のコンセプトに縛られず、偶然を受け入れ、観る人の視線や経験に解釈を委ねる作品が生まれて いると思われます。17 世紀の静物画の引用から始まった小瀬村の制作は、絵画、写真、映像の間を作品名の Pendulum(振り子)のようにゆれながら続き、自身も含めた観る人それぞれが、それまで見えていなかった現 実を見出す場、予測できない現実が立ち現れる場を提供するものとなりました。流行の写実絵画かどうかに関 わらず、アーティストが制作し続ける動機とは、そのような見えない現実を見てみたいという欲求かもしれま せん。 なお、本展は五島記念文化賞の海外研修の成果を発表する場であるとともに、作家支援を目的とする原美術 館賛助会員の協賛を得て開催される展覧会でもあります。
(注 1)カラヴァジェスキとは、ミケランジェロ メリージ ダ カラヴァッジョ(1571-1610)の作風に影響された、17 世紀のスペインやオランダの作家達を指す言葉。主に彼の写実描写と陰影の強いコントラストを受け継ぐ
(注 2)アーティストステートメント、「取手アートプロジェクト」、2006 年、http://www.toride-ap.gr.jp/sg/past/2/kosemura-1.html
(注 3)同上
(注 4)ヴァルター ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」、浅井健二郎編訳、久保哲司訳、『ベンヤミン・コレクション 1 近代の意味』ちくま学芸文庫、1995 年
(注 5)「ヴァニタス」とは、人生の儚さ、虚しさを表す寓意。ヴァニタス画は、枯れていく花や腐っていく果物等を儚さの隠喩として描く静物画のこと
(注 6)本展開催に際して行ったインタビューより
開催概要
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【会期】 2018 年 6 月 16 日[土] ― 9 月 2 日[日] 開館日数 68 日
【休館】 月曜日(7 月 16 日は開館)、7 月 17 日
【時間】 11:00 am - 5:00 pm
(水曜は 8:00 pm まで/入館は閉館時刻の 30 分前まで)
【会場】 原美術館[東京・品川]
【料金】 一般 1,100 円、大高生 700 円、小中生 500 円
※原美術館メンバーは無料
※学期中の土曜日は小中高生の入館無料
※20 名以上の団体は 1 人 100 円引
小瀬村真美:幻画~像(イメージ)の表皮 フォトギャラリー
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