核の脅威と地政学的緊張、環境破壊と地球温暖化といった諸問題が生み出すであろう「世界の終わり」。いまや宗教的預言でも科学的予測でもなく、今ここにあり身体的に知覚され経験されるべきカテゴリーです。
そんな「世界の終わり」を、ただ生き延びるためではなく、「世界の終わり」とともに生きるために、政治的なもの、社会的なもの、人間的なものの交差する地点にあらわれる破局的主題と対峙し、近代の諸概念を根源的に問い直す展覧会「世界の終わりと環境世界」が、2022年7月3日(日)まで、「GYRE GALLERY(ジャイル ギャラリー)で開催中です。
参加アーティストは、水玉と網目を用いた幻想的な絵画で知られる草間彌生、神話や哲学から派生する独特の世界観の作品を生み出すアニッシュ・カプーア、異なるものたちの環世界、その「あいだ」に立ち、絡まり合う生と死の諸相を描くことを追求している大小島真木、その他、荒川修作、AKI INOMATA、加茂昂、リア・ジローといった、大御所から次世代の作家までの7人で、見応え十分。
スクールデレック芸術社会学研究所で所長を務める本展企画者の飯田高誉は、今回の展覧会のインスピレーションを、ミカエル フッセル著の『世界の終わりの後で:黙示録的理性批判 』から得たと言います。
飯田は「『世界の終わり』は、『人間中心主義』の終焉とも言える。すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、その主体として行動しているという考えである。ヤーコブ・フォン・ユクスキュルによれば、普遍的な時間や空間も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されている。動物の行動は各動物で異なる知覚と作用の結果であり、それぞれに動物に特有の意味をもってなされる。ユクスキュルは、動物主体と客体との意味を持った相互関係を自然の『生命計画』と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。本展覧会では、『人間中心主義』から離脱し、我々がすべて異なる『環境世界』に生きていることへの認識に到達できるのかを問い掛けていきたい」と述べています。
また、本展ではアート作品の他、展覧会に関連した書籍も入口に展示。会場設計を担当した梅澤竜也(ALA INC.)は、「建築現場で足場として使われる無機質な素材を、有機的な生命感を感じられるように会場設計を試みた」と語っています。
次に、草間彌生、アニッシュ・カプーア、大小島真木の作品に関してご紹介します。
本展では、草間彌生の2作品、《草間の自己消滅 Kusama’s Self-Obliteration》と《花強迫(ひまわり) Flower Obsession(Sunflower)》が鑑賞可能です。どちらも映像作品ですが、日本ではなかなか観ることのできない作品で、貴重な機会となっています。
草間は「パフォーマンスは、ポルカドットの哲学のシンボルのようなもの。ポルカドットは全世界と、生きとし生けるもののエネルギーの象徴である太陽の形であり、おだやかな月の形でもある、丸くて、やわらかくて、カラフルで、無意味で、無意識。ポルカドットは、コミュニケーションが必要な人の生命同様、単体ではいられない。複数あってこそ動き出す。地球は、宇宙の無数の星のなかのひとつの水玉。ポルカドットは、無限に通じる道。ポルカドットで自然や身体を消すとき、己が存在する環境の一部となる。わたしは永遠の一部となり、愛のなかに自らを消滅するの」そして、「永遠と一体化しよう。自己を消滅させよう。自分のいる環境に溶け込もう。自己を忘れよう。自己消滅がただひとつの脱出方法なのだ」と述べています。
アニッシュ・カプーアのインスタレーション作品《1000の名前 1000 names》は、1979年から1980年にかけて制作された初期の作品。1979年にカプーアがインドを旅した際に大きな影響を受けたことが、作品制作のインスピレーションになっているといいます。そこでは、道路脇の小さな聖域や寺院の入り口に、化粧品や儀式用に販売される顔料の小さな山が並べてありました。本作品は、石灰が地上に出ており、断片的な形ですが、地下に繋がっているイメージだそう。広大な自然環境のメタファーであり、さらに現代的状況を鑑みると、あたかも核爆弾の爆発によって降り注がれる「死の灰」を想起させます。
カプーアは「本作品は、現れ出たオブジェクトがはるかに大きな全体の一部であることを意味する。オブジェクトはあたかも地面から出てきているよう。表面を定義する粉末、それは潜在意識から突き出た氷山のように、表面の下に何かがあることを意味する」と語っています。
最後に、大小島真木の作品をピックアップ。彼女は、《ゴレム Form-02 Golem Form-02》と《ウェヌス Venus》の2作品を展示。大小島は、生命を複数の生と死が絡まり合う場のようなものとして常に表現し、人間例外主義的な世界の在り方に対する見直しを促してきました。この2作品は、神話から着想を得たトルソー(身体の一部が欠損した人形)によるインスタレーションで、植物や動物、バクテリア、ウイルスといった複数の生命が生きる棲家として「人体」を捉え直すことが試みられています。
《ゴレム Form-02 Golem Form-02》は、トルソー本体ではなく、写真家の千賀健史との協働による写真作品で、ゴレムの表象が水に溶けていく様子が写されています。人体は、異種の環世界が混じり合う場に見立てられ、いつかは自然に還っていく土塊のようなものとしてゴレムに重ね合わされています。
対して、《ウェヌス Venus》は、革を継ぎ接ぎしたトルソーに、銀河とプランクトンの映像のコラージュが円形に投影されています。銀河の映像は、アメリカ航空宇宙局NASAから借りたものだそう。惑星という巨視な世界から、肉眼では捉えきれない小さな微生物の微視的な世界までが、ラテン語で愛と豊穣と金星を名指す女神の身体に凝縮されることで、ひとつの人間の身体に宿る、個を超えた広大な時空間が表現されています。
大小島は「我々は、生と死の連鎖の中で生きている。身体の皮膚という輪郭線は、それだけでは生きていけず、絡まり合っている。光合成や光、オゾン層などは、皮膚の地続きの延長ではないか。それを本作品で表現した」と述べています。
我々は「環境世界」に生きているという認識を問う本展に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
開催概要
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■世界の終わりと環境世界
会 期:2022年5月13日(金)~7月3日(日)
会 場:GYRE GALLERY(東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F)
時 間:11:00~20:00
料 金:無料
URL :https://gyre-omotesando.com/artandgallery/end-of-the-world-and-self-centered-world/