世界屈指の文化芸術都市・京都を舞台に開催される、日本では数少ない国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。ギイ・ブルダンやアーヴィング・ペンなど国際的な写真家のほか、10人の日本人女性写真家の展示など、国内外の気鋭の写真家による作品が、2022年4月9日から5月8日まで、趣のある歴史的建造物や近現代建築といった京都ならではのロケーションを舞台に展示されています。メインプログラムとして10展示、アソシエイテッドプログラムとして3展示が鑑賞可能です。毎年京都の春を彩ってきましたが、コロナ禍でここ2年間は秋開催に。しかし、今年は京都が最も美しいといわれる春開催の運びとなりました。
本年度、第10回を迎える本フェスティバル。京都市は文化芸術に関する活動を通じて、文化芸術に対する市民の関心を高め、その振興に寄与することに功績した一般社団法人KYOTOGRAPHIEに対して、10回目の節目となることを記念して「京都市文化芸術有功賞」を授与しました。
これを受けて、KYOTOGRAPHIEの共同創設者/共同代表のルシール・レイボーズと仲西祐介は「3年前パンデミックが起きたが、KYOTOGRAPHIEを一回も休むことなく行うことができた。今回京都市文化芸術有功賞をいただき、これはご協力いただいたアーティスト、スタッフ、団体、企業の方々、個人の方々、そして京都の人々と京都の街のおかげ」と感謝の気持ちを述べています。
今回のテーマは「ONE」。これに関して、レイボーズと仲西は、次のように語っています。
「一即(すなわち)十」という言葉があります。一が単一性を、十は無限の数を現します。一つのもの(個)がそのものとして、他のすべて(全体)を自らに含みながら他と縁起の関係にある。このとき、この一つのものと他のすべてが同体の関係にある。こういう状態をイメージしてください。
2022年、信じ難いことにこの世界でまた戦争が始まってしまいました。
どんな理由があろうとも戦争は何の解決策にもなり得ません。過去の経験から、日本を含めすべての国民が、個の命が全体(国家)のために失われるべきではないことを知っています。KYOTOGRAPHIE は個々の存在をCelebrate(祝祭)すると共に、その多様性について讃えたいと思います。そして皆さんと一緒にRestart (再起動)し、分断された関係性をもう一度Reconnect (再接続)し、コロナ後の新しい平和な世界へ向けてRevival(再生)していきたい、そう考えています。
引用:KYOTOGRAPHIE
次に、KYOTOGRAPHIEで展示されている作品の中から、おすすめのものを7つピックアップします。
ギイ・ブルダン《The Absurd and The Sublime》Presented by CHANEL NEXUS HALL/京都文化博物館 別館
1928年にパリで生まれた、フランスを代表するファッションフォトグラファー ギイ・ブルダン。当初は画家として活動していましたが、1951年のマン・レイとの出会いから、シュルレアリスムの影響を受け、実験的な写真作品を撮影するようになります。1955年にパリのギャラリーで初の写真展を開いたことがきっかけで、フランス『VOGUE』誌に初めてファッション写真が掲載されました。
[gallery 8900]
《The Absurd and The Sublime(滑稽と崇高)》と名付けられた本展示は、昨年シャネル・ネクサス・ホールで開催され、人気を博したブルダンの個展の東京からの巡回展。ブルダンの作品を多様なアングルで展示したかったとのことで、ファッションだけではなく、彼が感銘を受けているアルフレッド・ヒッチコックの映画のように、滑稽さの中にも崇高なものを感じられる作品が並んでいます。写真を観ていると、実験的な写真の撮り方から、彼の目線を体感できます。初期のオリジナルのヴィンテージプリントも、観ていくとグラフィックを多用しながら、シュルレアリスティックな目線があります。
『VOGUE』誌のファッション撮影の際も、例えば精肉店の前で行うなど、前代未聞の作品作りです。すでに初期の頃からルールにとらわれないやり方で、彼はストーリを作ることにこだわっていました。既存のやり方とは異なる方法で、ファッション写真を撮っていたのです。『VOGUE』誌から自由な裁量が与えられていた点が面白い。カラーの世界でも、抽象的なイメージで遊んでおり、まるでヒッチコックの映画を観ているような感覚に陥ることでしょう。一見、おかしく奇抜な作品でも、実はスケッチやドローイングを行って考え尽くしていたそうです。
また、本巡回展では、山口小夜子をモデルに起用したカラー写真を数点、さらに大変貴重なポラロイド写真、彼の作品が掲載された当時の雑誌や記録映像を追加展示しています。
アーヴィング・ペン《Irving Penn: Works 1939–2007. Masterpieces from the MEP Collection》Presented by DIOR
From the collection of MEP, Paris (Maison Européenne de la Photographie) in collaboration with The Irving Penn Foundation/京都市美術館 別館
スタジオポートレートの巨匠として知られ、後世の写真家たちに多大な影響を与えたアメリカ人写真家アーヴィング・ペン(1917–2009)。本展は、パリのMEP(ヨーロッパ写真美術館)が所蔵するアーヴィング・ペンの100点以上のコレクションから貴重な写真を80点厳選して、5つのセクションで紹介しています。静物写真、風景写真、ポートレート、そしてファッション写真など、多岐にわたるモノクロおよびカラー作品を鑑賞可能です。
[gallery 8901]
ペンは1943年より『VOGUE』に従事し、その後70年近くにわたり、各国の『VOGUE』誌面や広告を中心に、数々の写真作品を撮影しました。彼の写真はいずれもトレードマークとも言えるエレガントかつシンプルなスタイルを兼ね備えています。彼は旅をすることをフィールドワークとしており、それは民俗学としてではなく、ファッションとして日常の顔を撮影していたそう。
ペンは商業写真家として、雑誌やクライアントの様々なプロジェクトに従事することで、技術を磨いていきました。すべての作品がペン自身のプリントによることも、特筆すべき点です。写真の力で生命を加えるプラチナプリントは特殊で、手作業でしかできないといいます。
92歳で逝去しましたが、90歳まで現役で写真を撮影していました。
今回の展示会場となった京都市美術館 別館の展示デザインは、遠藤克彦建築研究所が手掛けています。遠藤は、仮設空間を一つの劇場としてまわってもらえるように構成。自身がモデルになれるV字コーナーは、ペンが実際に撮影時に用いていたセットから着想を得ています。これによって、来館者は作品の鑑賞者、被写体、そして撮影者としての体験もできます。
また、「DIOR(ディオール)」がスポンサーになっていることもあり、香水の展示も行われています。ディオールから依頼を受けて撮影をしていたペンは、しばしば妻でありモデルのリサ・フォンサグリ―ヴスを被写体として捉えており、この作品も鑑賞可能です。
奈良原一高《ジャパネスク〈禅〉》Supported by LOEWE FOUNDATION/両足院(建仁寺山内)
日本を代表する写真家の一人である奈良原一高が、2020年1月に逝去しました。享年88歳でした。彼は13歳で終戦を迎え、「不毛」それ自体を戦争が終わった新しい日常を生きる手がかりとしていました。戦後の日本では日本文化が否定され、自分たちの文化を知らずに育った奈良原は、1962-65年、ヨーロッパ滞在中に日本文化の魅力に触れることになります。
自身にとって魅惑的な未知の領域である日本文化を撮影しようと、帰国後に《ジャパネスク》シリーズを制作。今回、京都・祇園の両足院(建仁寺山内)にて、《ジャパネスク》シリーズのひとつである《禅》を21点展示。これらの作品は、1969年に『カメラ毎日』の連載の一部として発表されたものです。曹洞宗大本山總持寺(神奈川県横浜市)や總持寺祖院(石川県輪島市)にて、禅僧や僧堂等を被写体とした作品の一つひとつには、静謐さと厳粛さを感じ取ることができます。
モノクロームの写真作品は、オリジナルプリントをレーザーで読み取って、銀塩のバライタ紙にプリントしたもの。いかに綺麗に見せるかにこだわっており、展示板の内側には、全て異なる和紙が貼られています。
「時として、僕には写真を撮る行為そのものが、禅に近づいてゆく道程のような気がしてくる」と語る奈良原の貴重な作品群をぜひ堪能していただきたいです。
[gallery 8902]
プリンス・ジャスィ《いろのまこと》Supported by Cheerio Corporation Co., LTD./ASPHODEL
祇園にあるコンクリート造りのモダンでシンプルなマルチスペース「ASPHODEL」をポップかつカラフルに彩っているのが、ガーナ出身のヴィジュアル・アーティスト プリンス・ジャスィの写真作品。彼は、高校生の頃にiPhoneで撮影した作品で一躍注目を浴び、その後Appleとコラボレーションしたり、スーパーモデルのナオミ・キャンベルを撮影するなど、20代半ばにしてアフリカの現代アートを牽引するヴィジュアル・アーティストの一人として名を馳せています。
ジャスィは音を色として感じたり、特定の言葉や文字が色とリンクしたりするなど、ある一つの感覚を刺激する情報を受け取ると、同時に他の複数の感覚も刺激を受ける「共感覚」という特別な感覚の持ち主でもあります。ジャスィの唯一無二の感覚から生まれる色彩が溢れる作品群は、アフリカの見えない問題や課題を可視化し、自ら声を上げることのできない人々の代弁者として力強いパワーを発しています。
[gallery 8903]
また、「いろいろ アクラ──キョウト」と題した展覧会として、出町桝形商店街にあるKYOTOGRAPHIEのパーマネントスペース「DELTA」と出町桝形商店街のアーケード内でも、ジャスィの作品を鑑賞可能です。
本来であれば来日して出町桝形商店街に滞在し、作品を作る予定でしたが、コロナ禍のため来日が叶わなかったといいます。そのため、出町桝形商店街を象徴する、のぼり旗、七夕の飾りといった手作りの飾り付けをガーナに送り、彼の地元ジェームスタウンの市場に通う人々の姿を織り交ぜて撮影したそう。こちらもお見逃しなく。
[gallery 8904]
サミュエル・ボレンドルフ《人魚の涙》Supported by agnès b./琵琶湖疏水記念館、蹴上インクライン
環境汚染など目に見えない問題に取り組んでいる、フォトジャーナリストのサミュエル・ボレンドルフ。今回は、作家自身が2018年にタラ財団が所有している「タラ号」で世界一周した際に目の当たりにした、様々な環境問題をテーマとする〈Contaminations(コンタミネーション)〉シリーズを展示。同シリーズは、20世紀以降人類によって開発された化学産業、鉱業、原子力産業により、世界各国が抱える環境汚染や、人や動植物すべての生命体への影響を映し出しています。
ボレンドルフは「ル・モンド紙と提携して、私たちはアメリカのアニストンからロシアのジェルジンクス、カナダのフォート・チペワイアンからブラジルのレゲンシア、日本の福島からナポリ近郊のテーラ・デイ・フオッキ(「火の国」)、そして太平洋の大環流(グレート・パシフィック・ガービジ・パッチ、通称「ゴミ大陸」)までを旅した。数百万平方キロメートルにおよぶ汚染地域を調査し、環境危機の脅威にジャーナリズムの手法を適用して見えないものを可視化しようと試みた。何十年、時には何世紀にもわたって領土を生命の発育に適さない場所に変えてしまう、修復不可能な産業汚染についての反省だ。今日、私は地球を一周して、地球がどんなに小さくどんなに壊れやすいかを目の当たりにした。私たちが捨てたゴミはあらゆるところにあり、土壌、水、空気を汚染している。広大な海は北極まで汚され、数千トンの廃棄物がすでに宇宙を汚染している。これを続けることは盲目になることだ。これらの物語は私たちの物語なのだ」と語っています。
本展ではシリーズの中から日本の福島に焦点を当てた作品を発表するほか、産業用マイクロビーズなど、プラスチックゴミによる問題の作品も展示しています。我々は、自然は限りなく美しいと思い込んでいますが、その中には隠された現実が潜んでいることを突きつけられます。一見、綺麗に見える海の写真も、海中にはプラスチックが堆積しており、汚染されているのです。私たち人間が生み出してしまった「物語」に関して、深く考えさせられる作品です。
[gallery 8905]
《10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭》Supported by KERING’S WOMEN IN MOTION/HOSOO GALLERY
冒頭で述べた通り、今年KYOTOGRAPHIEは10周年を迎えました。それを記念して、今回創設者のレイボーズと仲西は、日本の女性写真家10名に光を当てることを決めました。写真史家でインディペンデント・キュレーターのポリーヌ・ベルマールと彼らが共同で、「10の個展により構成される交響曲」に見立てて企画した展覧会が《10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭》です。
例えば、写真家の地蔵ゆかりが写真作品《ZAIDO》を制作するきっかけとなったのが、数々の悲惨な出来事の後でした。「父の急死、私自身の事故、日本を襲った地震と津波が、私の生きる意欲を奪った」と彼女は語っています。悲しみの中、彼女は父の住んでいた村を訪れ、1300年間継承されてきた祭事「祭堂」に出会い、記憶や喪失感と向き合いながら、その祭礼を撮影することになります。能衆が極寒の風景に溶け込む中で、生々しくも華麗な舞楽です。地蔵の作品には、生きる醍醐味を再発見するために尽きることのない意思を感じ取ることができるでしょう。
[gallery 8906]
岩根愛は、長年にわたって、古来の儀式や、過去の痕跡を可視化することに強く惹き付けられてきたアーティスト。コロナ禍でライトアップが中止となった東北の桜の名所を歩いているうちに「自然と人間の境界が曖昧になった」という岩根。暗闇のなかで桜と伝統芸能の舞を撮影した最新作である《A NEW RIVER》は、目もくらむような色彩と透明感が感じられ、ずっと見ていたくなる作品です。本作は、魅惑的で光溢れる東北地方への旅であり、パンデミックの最中にあって心の支えとなってくれるような、逞しい存在感を放つ桜の探訪でもあります。
[gallery 8907]
鈴木麻弓は、代々写真と深い関わりを持つ家に生まれました。新作となる《HOJO》シリーズに鈴木が取り組み始めたのは2020年で、ちょうど彼女が不妊治療を諦めた後でした。治療をやめようと思ったときに、二本足の人参や変わった形の大根など市場で売れ残った野菜をふと見た彼女は、その姿に自分と似たものを感じ、それらの野菜や自分自身のポートレートを撮影します。写真やソノグラム、その他のイメージを用いたこのシリーズで、鈴木は自らの体験を作品化しています。
[gallery 8908]
殿村任⾹《SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022》/Sfera
上記でご紹介したメインプログラム《10/10 現代⽇本⼥性写真家たちの祝祭》の参加作家でもある殿村任⾹は、アソシエイテッドプログラムとして、⾃⾝が続ける、がんと闘い向き合う⼥性のポートレートプロジェクトの展示《SHINING WOMAN PROJECT at KYOTOGRAPHIE 2022》も手掛けています。
このプロジェクトを通して、様々な女性の問題に対峙しています。彼女は「刷り込まれた女性像から解放されて欲しい」と語り、自分の思考を持って選択して生きてくことの大切さを示しています。
また、がん患者に対する概念を変えるといったプロジェクトのメッセージをより広く社会に届けることを⽬指し《SHINING WOMAN PROJECT》初の試みとなるパレードが、4⽉9⽇に行われました。プラカードに施された写真を女性たち自らが掲げ、サイレントデモンストレーション(=静かなデモ)を実施。
殿村は「女性のシンボルを失うことに対して、残念ながら偏見と差別がある。全ては生きることを選択した証。美しく生きていることが最大の抗議。悩みを何も抱えていない人などいない。人生においては、皆がサバイバー。あと一歩歩み寄れたら、現実は変わる。SHINING WOMANは、ここに来てパレードを行うことを決断してくれた。天にいるSHINING WOMANにも拍手を送りたい。人生の主役は自分。もっと自由に生きましょう」と自身の想いを述べました。
[gallery 8909]
様々な問題提起が写真作品に反映されているKYOTOGRAPHIEは、一人ひとりが尊い存在であることを再認識させてくれます。ぜひ、美しい京都を舞台に展開される本フェスティバルに足を運んでみてはいかがでしょうか。
■KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022
会期:2022年4月9日(土)~5月8日(日)
会場:京都文化博物館 別館、京都市美術館 別館、出町桝形商店街、DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space、ASPHODEL、誉田屋源兵衛 黒蔵・奥座敷、嶋䑓ギャラリー、琵琶湖疏水記念館・蹴上インクライン、y gion、両足院(建仁寺山内)、HOSOO GALLERY、堀川御池ギャラリーなど
チケット:E-パスポートチケット 一般5,000円 学生3,000円
紙パスポートチケット 一般5,000円 学生3,000円
京都市民割(紙パスポートチケット) 一般4,500円
平日パスポート(E-パスポート) 一般4,000円