わずか3日間、原美術館で展覧会「INTERPRETATIONS, TOKYO 17世紀絵画が誘う現代の表現」が開催されます。
青山にある「ドリス ヴァン ノッテン」旗艦店のオープン10年目を記念して催されるこちらの展覧会では、ベルギー出身で17世紀のオランダで活躍したエラルート・デ・ライレッセの作品《アキレスとアガメムノンの口論》と《パリスとアポロがアキレスの踵に矢を向け命を狙う》、そしてそれらを現代の6名の作家が解釈、表現した作品が展示されます。
ライレッセの色鮮やかな2点の名画、6名の現代作家の内、堂本右美、蜷川実花、大庭大介が手がけるモノクロームの作品は「時間、国、色彩、表現方法を超えて対話する」というストーリーの下、青山の旗艦店オープン時の2009年から店舗を飾ってきました。
2019年、新たにドリス・ヴァン・ノッテンが選んだ3人のアーティスト安野谷昌穂、石井七歩、佐藤允によりアップデートされるそのストーリをどう読み解くか…展覧会に足を運ぶ前に、ストーリーを編むドリス・ヴァン・ノッテン自身について予習(既によくご存知の方は復習)していった方が、充実した体験になるかもしれません。
◯ベールに包まれた「孤高の天才デザイナー」ドリス・ヴァン・ノッテン
1958年にベルギーに生まれたドリス・ヴァン・ノッテンは、曽祖父の代から服飾業を営む一家に育ち、アントワープ王立芸術学院へ入学します。
「アントワープ王立芸術学院」が世界的に知られ、また、アントワープがファッションの発信地として認識されるようになったのは、ドリス・ヴァン・ノッテンを含む同学院出身の6人のファッションデザイナー「Antwerp Six(アントワープの6人)」の活躍が大きく影響しています。
中でもドリス・ヴァン・ノッテンは流行に左右されない独自の美意識を貫くと共に、長年自己資金で活動を展開し続けてきた稀有な存在。それだけに、2018年、フレグランス事業で知られるスペインのプーチ(PUIG)社へ「ドリス ヴァン ノッテン」の株の過半数が売却されるとするニュースはファッション業界ではショッキングに受け止められました。
商業広告をうたず、ドリス・ヴァン・ノッテン本人もインタビューを含めほとんど露出のない状況を考えると、彼が築いた地位は、ひとえにそのデザインや世界観が支持されてきた結果によるもの。事実彼の顧客にはオバマ前大統領夫人やニコール・キッドマンといった錚々たるセレブが名前を連ねています。
他と一線を画し、寡黙にコレクションを発表し続けてきた彼はしばしば「孤高の天才デザイナー」と称されます。
ショーの様子はメディアの記事でみることが出来ますが、彼本人を知るには一体どうしたらいいでしょうか。
◯映画『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』が映す愛すべき素顔、私生活
2018年に映画『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』が日本で公開されました。
仕事の現場だけでなく、自宅での様子まで映し出された、ドリス・ヴァン・ノッテン初のドキュメンタリー映画です。
取材嫌いで知られる彼に3年に及ぶ交渉を続け、密着取材を勝ち取ったのは、『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』(1999年)で知られるドキュメンタリー監督のライナー・ホルツェマー。カメラはパリのグラン・パレで開催された2015春夏レディース・コレクションから、オペラ座での2016/17秋冬メンズ・コレクションの本番直後までの1年間に密着し、ベールに包まれ、ミステリアスな存在だったドリス・ヴァン・ノッテンの素顔を追いかけます。
何より貴重なのは創作のプロセス、ショーの舞台裏だけでなく、約30年来のパートナーであるパトリック・ファンヘルーベと暮らすアントワープ郊外の邸宅「ザ・リンゲンホフ」が映し出されていること。公私共にカメラが立ち入ることの出来なかった場所、瞬間を映像で捉えていることもさることながら、服をデザインするという自身の仕事やパートナーに対する想いを彼の口から言葉として引き出している場面は必見です。
完璧主義という彼に対する言葉や、シャツとパンツを端然と身につけたショーでの姿から、厳格で気難しい人かもしれない…という印象がありましたが、映画を通してみえてくるのは、仕事に対する真摯すぎる程真摯なところ、公私共に自分の周囲にいる人達に対すしてとても誠実な人柄です。そして時にジョークも飛ばすという人間味。
社内恋愛だったけど気持ちをとめられなかったというパートナーへの深い愛情には共感しかありません。
◯「INTERPRETATIONS, TOKYO 17世紀絵画が誘う現代の表現」展はどんなストーリーを語るのか
クリエイティブな面でも経営という面でも実績を残してきたドリス・ヴァン・ノッテン。一流の仕事をしてきた人が何を考え、どんな日常を送っているのか、公私のバランスのとり方等に注目してみてもとても興味深い作品です。
劇中ドリス・ヴァン・ノッテンが、「ファッション」はむなしい言葉とし、それとは違う表現を模索していると話す場面があります。彼が思い描くのは時代を超えて、持ち主と一緒に成長できる服。そしてその服は時代や国、既成のルールにとらわれない絶妙な色、プリント、素材、フォルムの組み合わせで構成されています。
そうした彼の発想やデザイン手法の根幹に、冒頭「INTERPRETATIONS, TOKYO 17世紀絵画が誘う現代の表現」展に関してご紹介した、展覧会を貫く「時間、国、色彩、表現方法を超えて対話する」というストーリーとどこか通じるものを感じます。
映画での完璧主義者ぶりを考えると、展覧会での作品のセレクト、配置、空間構成にも彼の美意識が行き届いているはず。原美術館のあの美しいロケーションの中で、ストーリーはどのように展開されていくのでしょうか。
映画をみてから展覧会をみるか、展覧会をみてから映画をみるか…。
機会が許せば、彼の内面に触れられるこちらの映画と是非セットでご覧いただきたい!です。