ジョヴァンナ・ガルツォーニ《Still life with pumpkin flowers and vine leaves》制作年不明、羊皮紙にグアッシュ画法、25× 33.5 cm、プライベート・コレクション
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アメリカ大陸の発見とともにヨーロッパにもたらされたウリ科の果菜ズッキーニ。イタリアは、ヨーロッパでも特にズッキーニを愛する国として知られています。ローマ以南では主に〈ズッキーネ〉で親しまれており、私も馴染みのある呼称〈ズッキーネ〉を使いたいと思います。
庶民の食生活に密着しているズッキーネ、実の部分だけではなく花も食用としてよく調理されます。ヨーロッパにもたらされて早くも20年後には、ラファエロの弟子によって絵画に描かれたウリ科の野菜たち。その楽しい逸話をご紹介いたしましょう。
その成長の早さによりギリシアの神ヘルメスのシンボルに
アメリカ大陸が発見されて20数年後、ローマのテベレ川沿いに瀟洒な宮殿が建設されます。
銀行家アゴスティーノ・キージ(Agostino Chigi, 1466~1520 )が財にあかせて作り上げた瀟洒なファルネジーナ荘( Villa Farnesina )は、ラファエロ・サンティ(Raffaello Santi, 1483~1520 )のフレスコ画で有名です。そのラファエロのアシスタントの一人に、ジョヴァンニ・ダ・ウーディネ (Giovanni da Udine, 1487~1561 )という画家がいました。自然への造詣が深かったジョヴァンニ・ダ・ウーディネは、ファルネジーナ荘のロッジア(一方が外側に開放された廊下)に200種類以上の植物を描きました。その彼によって、ヨーロッパ発のウリ科の果菜を見ることができます。
果菜が描かれているのは、商業の神であり足の速さで知られていたギリシアの神ヘルメス(ローマ神話ではメルクリウス)の頭上です。ちなみに、このヘルメスの下絵はラファエロが、彩色は一番弟子であったジューリオ・ロマーノ(Giulio Romano, 1499頃~1546 )が担当したと伝えられています。
中心には、割られたカボチャ、右側にはズッキーネも描かれています。当時、カボチャの無数の種は金銭に見立てられていたという説もあり、巨万の富を築いたアゴスティーノ・キージに相応しいシンボルではあります。
ウリ科の果菜は、成長が早く栽培が非常に安易であったため、ヨーロッパではまたたくまに普及し、16世紀以降庶民の食卓には欠かせないものになりました。カボチャやズッキーネの成長の早さとコインを思わせる無数の種は、富と商業を司る俊足の神ヘルメスのシンボルとして描かれたのです。
新しい世界からもたらされたカボチャは、芸術家たちの好奇心を大いに刺激しました。鮮やかな色、また当時流行していたトルコのターバンとも似通った不思議な形状は、まず装飾の分野で上流階級をとりこにし、さらに彼らの食卓へ、やがては庶民たちの味方として浸透していったのです。
画家たちに描かれたカボチャやズッキーネ
カボチャは、その丸みからやがて女性を暗示するシンボルとしてフランドル派の画家たちによって描かれるようになりました。ピーテル・アールツェン( Pieter Aertsen, 1508~1575)や ヨアヒム・ブーケラール(Joachim Beuckelae, 1533頃~1570頃 )、ヴィンチェンツォ・カンピ(Vincenzo Campi, 1536~1591 )らによって、市場で食材を売る官能的な女性とカボチャ類はよく描かれています。
日本でも近年知名度が上がったジュゼッペ・アルチンボルド( Giuseppe Arcimboldo, 1526~1593 )も代表作《ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世(Vertumnus)》の中で、胸部にカボチャやズッキーネを配置しました。アルチンボルドは、そのほかにも有名な《四季( Le Quattro Stagioni )》の《秋(Autunno )》後頭部に、カボチャを描いています。
カボチャやズッキーネの種の多さは、金銭を象徴するにとどまらず〈多産性〉のシンボルとしても愛されました。
ピーテル・パウル・ルーベンス( Peter Paul Rubens, 1577~1640)が1617年に描いた《Vertumnus and Pomona(ウェルトゥムヌスとポモナ)》。《ウェルトゥムヌスとポモナ》も、果樹や果物を司る神々。恋をする若々しい二人の周辺にカボチャやスイカが、〈多産〉の象徴としてばらまかれています。
レシピさまざま、ズッキーネの花
〈ロマネスコ(ローマ風)〉と呼ばれるタイプのズッキーネ。日本でよく目にする濃い緑のズッキーネは、〈ナポレターネ(ナポリ風 )〉と呼ばれています。
イタリアの初夏に登場するズッキーネの花。イタリア語では、〈フィオーリ・ディ・ズッカ(Fiori di zucca)〉、つまり〈カボチャの花〉と呼ばれています。実際には、ズッキーネとカボチャ、いずれの花も市場に登場します。
花束になって売られていたり、プラスチックの容器に入れられて販売されます。〈花〉ですので早めに調理する必要あり。茎の部分に、チクチクとした棘があるのが特徴です。
イタリア南部では、ズッキーネの花心を取り去り、中にアンチョビやモッツァレッラチーズを詰めてシンプルに焼いたり、あるいは揚げ物にする郷土料理が存在します。フライパンでシンプルに火を通す場合は、塩を加えなくてもオリーブオイルのみで充分に味がつくから不思議。
ズッキーネの花のフライは、ピッツァを売るお店やレストランでも必ずメニューに登場します。
アンチョビとは特に相性が良く、パスタとからめても美味。アンチョビを入れずにズッキーネの花だけをパスタにからめる場合は、食べる直前にパルミジャーノチーズやペコリーノチーズを削ってかけてもよし。ヴァラエティ豊かに味わえる夏の味覚として、現代のイタリアの食卓を彩っているのです。