アートが身近に感じられる、ちょっと内緒の話

黒木杏紀2016/07/17(日) - 16:00 に投稿
アートが身近に感じられる、ちょっと内緒の話
アートバーゼル香港2016のワンシーン Art Basel in Hong Kong 2016 Gladstone Gallery © Art Basel 美術ライターの黒木杏紀です。今回、「ARTLOGUE」のサイトが新規開設。そこで、「アートには興味がある、けれどあまりよく分からない」という方に向けて、私が感じてきたアートの魅力や個人的な体験「アートが身近に感じられる、ちょっと内緒の話」をお届けします。少しでも参考になればうれしいです。

アートは分かりにくい? アートと読書と映画の共通点

アートを見ることは読書や映画を見ることと似ているなと感じています。読書をするとき、最初の数ページがまどろっこしく、本を読むのを途中でやめたくなることはありませんか。それでも読み進めていくと物語が展開し始め夢中になってページをめくり、わずかな時間があれば本を開き、どんどんのめり込んでいくようになります。そのうち読み終わってしまうのが淋しくなり、また次の一冊を手に取っていたりします。一冊、次の一冊と読むうちに、この一冊に出会うためにこれまで本を読んできたのだと思える瞬間が必ず訪れます。そうなったら、本好きの一丁出来上がり!です。 映画も同じく、最初の何分かは退屈に感じることがあっても、最後まで見終わったときには感動していたなんて体験はないでしょうか。最初の数分で面白くないと思って途中で見るのをやめてしまうとその映画の面白さは分からないままです。 アートが分からない、面白くないと感じるのは、まだ本の最初の数ページ、映画の最初の数分の段階とちょうど同じ状態です。ジグソーパズルのピースがだんだん集まってくるように、色々な展覧会を見続けていると関連性があるのに気づき始めます。例えば、印象派の展覧会に何度か足を運んでいると、モネやルノワール、ピサロたち印象派画家の交友関係やどのように影響しあっていたのかなどが少しずつ分かり始め、人間模様が見えるようになってきます。そうなると、絵を見るときに想像が膨らみさらに面白くなります。説明書きを読んでいてもふむふむと内容が頭の中に入ってきます。ここまでくると、次は別のタイプの展覧会が見たくなってきているはずです。画家たちにとって絵は人生そのものであり、絵を見ることは一人の人間が生き抜いた人生(時間)を感じることと同じなのです。

現代アートを見るときのちょっとしたコツ

現代アートの場合は、ちょっと(へ)理屈があって見るのに少しコツが必要になるのですが、一度コツを掴んでしまえば俄然見るのが面白くなってきます。ポイントはなぜその作品を作ろうと思ったのか、作家の考え方を知ること。アート作品を理解すると自分とは異なった物事の見方や考え方、価値観に感心してしまう体験がきっと度々起こるでしょう。作家にとって作品は一番大切で興味のあるものを形にしたものであり、作品(作家)を知ることは小説の中の人物の人生に触れること、主人公の人生を自分なりに読み解くことと似ています。これは現代アートに限らず、どの時代どの国の作家においてもいえることで、知れば知るほど深まりもっと知りたくなります。実は、アートの本当の面白さはここから始まります。
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現代美術作家・ヤマダヒデキ個展「ANOTHER SIDE OF BEAUTY/美の一つの側面」展覧会風景。 美しさを感じるということはどういう事なのだろう。不安、痛みなども感じる物に“美しさ”は共存可能であろうか。明確な範囲がない美しさを認識する概念を考察、作品化。 撮影:ヤマダヒデキ
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アートバーゼル香港2016のワンシーン。よく見る。Experimenter Ayesha Sultana, Rathin Barman © Art Basel
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まるで落書きのような絵画。でも強がっている自分とそれを見ているもう一人の自分にも見えませんか? パレ・ド・トーキョー / 現代創造サイト(Palais de Tokyo / Site de création contemporaine)にて。開館は12時~24時。年に20万人以上の観客を集め、パリおよびヨーロッパの先端的な美術の中心となっている美術館。 撮影:著者
ここまでのお話で、「アートが分からない壁」を乗り越える方法の一つは、ある一定の量を見ること(時間はかかるかもしれないけれど)であるとイメージしていただけたでしょうか。

アート以外で感じるアートのプラス面

アートに触れること、見続けることで面白さが分かるようになる、それだけなら茶道やお花などの習い事、野球やサッカーなどのスポーツ、趣味、なんにでもいえることですよね。でも、それだけでは終わらないアートの魅力があるのです。アートを知る・関わることで得られるプラス面とは何なのか。それは人それぞれですが、ここでは私の体験を交えてお伝えしたいと思います。 ①興味の範囲が広がる 美術館などの展覧会は幅が広く展示内容は多岐に渡ります。展覧会で見たことをきっかけに今までとは違う分野に興味を持ち始めることが多々あります。例えば私の場合、日本美術を見ることで仏像や寺社仏閣、仏教、日本の建築物など、それまであまり知らなかった日本の文化に興味が湧いてきました。そして茶道や座禅、香道の体験、西国三十三所観音霊場などの巡礼参りを始めるなど、それまであまり関わることがなかったところへ足を踏み入れるようになりました。
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静かな境内。心が洗われる。長谷寺(奈良県桜井市)~西国三十三所観音霊場の第八番札所 撮影:著者
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座禅と茶香服(利き茶)の体験の様子。禅寺の東福寺 塔頭勝林寺にて。 撮影:著者
②歴史が好きになる 様々な国と時代の作品を見るのでその背景が知りたくなって、おのずから歴史に触れる機会が増えてきます。学生時代に勉強した歴史とは違った側面に触れることもあり、歴史の面白さに目覚める人が少なくありません。 ③アートを介して知り合いが増える 各地で開催されるアートフェア、小規模なところではギャラリー単位のイベント、美術館のギャラリーツアーやボランティアガイドなど、美術好きのための催しやグループがたくさんあります。そういったところに出かけると、共通の趣味を持った者同士、打ち解けるのはとても早いです。行く先々で何度も顔を合わせるので、そのうち情報交換をしたり一緒に見に行くようになったりと出会いが無いなんて話は嘘のよう、少なくともアートが趣味の人にとっては関係のない話です。アート好きは美術関係者だけではありません。弁護士、医者、建築家、デザイナー、ファッション関係、アーティスト、経営者、小説家、詩人、会社員、様々な職業の人たちが集います。職業・年齢関係なくワイワイガヤガガヤ、一種の異業種交流会に参加するような一面もあります。
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ここに写っている人たちはみんな初対面。アートの話になると自然に集まってきた。年齢や性別、職業もバラバラ。ひとしきり話した後にようやくご挨拶。KHギャラリー芦屋「元小篠弘子(ファッション・デザイナー)邸」にて。 撮影:著者
④行動範囲が広がる 日本中、世界中、どこへ行ってもアート作品はあります。私はふだん関西を中心に動いていますが、アートを見る目的で今まで行ったことのない場所へもどんどん行くようになりました。この2年間で訪れた場所は関西(京都府、滋賀県、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)はもちろん、新潟県、長野県、東京都、千葉県、静岡県、愛知県、石川県、岐阜県、岡山県、島根県、福岡県、海外では韓国、フランス、台湾、香港。実際に足を運ぶことでその地域に触れることができますし、他にも観光や食べ物、お楽しみがたくさんあります。もし、アートに興味がなかったらまったく行かなかった場所ばかりです。今ではアートが私を世界中へ連れて行ってくれる、そう思えるほどです。 アートが目的でなくても選択肢の一つとして頭に置いておけば、行く先々でちょっと美術館にも足を向けるなど、旅先での過ごし方も多様になります。
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昼はアート台北2015でアート三昧。夜は観光!台湾にて。 撮影:著者
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アートを見つつ、通りすがりに見た美しい棚田。大自然の山中でのアートフェア。 越後妻有アートトリエンナーレ2015 大地の芸術祭(新潟県) 撮影:著者
⑤世界観が広がる、自分が見える アート作品を見ることを通して、色々な考え方や価値観に出会います。特に現代アートは顕著です。訳が分からないものに出会ったときに自分がどう振る舞うのか、分からないから知りたいと思うのか、拒絶してしまうのか、ひとまず距離を置いて傍観するのか。これは人間関係にもいえることではないでしょうか。自分とは異なる価値観を持つ人に出会ったとき、どのように対応しているのか、本当はどうしたいのか。意外にもアートは自分を知ることにもつながります。 ⑥お財布にやさしい 意外に思われるかもしれませんが、アートを見るのにあまりお金はかかりません。美術館の入館料やアートフェアの入場料などは必要ですが、ギャラリーでアート作品を見るのは無料です。ちょっとした都市部ならギャラリーは街中に必ずあります。でも、作品を買わなければいけないのでは?と思いますよね。その心配は無用です。ギャラリーも作家の人も、心から気に入ってずっと大切にしてくれる人に作品を買ってもらいたいと望んでいます。まずは、気軽にアートを楽しんでもらえる場に、そして一人でも多くの人にアートを好きになってもらいたいと考えているのです。お気に入りのギャラリーを作ることで、色々な話が聞けたり、タイミングが良ければ作家とも話ができたりもします。ギャラリーでは度々、参加自由のオープニングパーティが開催されており、交流の場にもなっています。 他にも、感受性が豊かになる、美しいものを見て感動できる、休日の過ごし方が変わる、異業種の人たちが多いゆえアート以外の情報も入ってくるなど、アートを趣味の一つに加えるプラス面は数え上げればキリがないほどです。

私が美術ライターになるきっかけになった最初の出来事

私は現在、美術ライターをしていますが、美大に行っていたわけでも、大学で美術を専攻していたわけでもありません。それまでの仕事も美術とは全く関係ないものでした。なのに、なぜ今、美術ライターをしているのか?!不思議に思うかもしれませんね。そのきっかけとなった体験を紹介したいと思います。 20代のときにフランスのパリに3か月間滞在したことがあります。その頃、約2年の間に、母、祖母が続けて他界し、飼っていた犬が死に、大失恋をして、土日もなく毎日帰宅が23時になる仕事に疲れ果て、仕事を辞めたばかりでした。できるだけ遠くへ行きたいと思いついたのが、以前旅行したことがあるフランス。3か月といっても長いようで短いものです。語学学校へ通うに短すぎ、何もしないで過ごすには長すぎる時間。旅行ガイドブックでパリには大小100以上の美術館があると知り、そこで、毎日美術館通いをすることを思いつきました。 最初はまったく何も分からず、ただ眺めるばかり。たまたま知り合ったパリ在住の日本人画家の人に「まずは本物を見るだけでいい。名前や解説は分からなくてもいい。」と勇気づけられ、ひたすら作品と向き合う日々。小学校の図工の教科書に載っていたロダンの《考える人》や、モネの《印象・日の出》の実物を見て、これがあの写真の作品か~と感激したこともありました。
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おなじみのエッフェル塔。パリにて。 撮影:著者
パリ滞在2か月目が過ぎた頃、衝撃的なことがありました。ポンピドゥー・センター(フランス・パリにある現代美術館)で、ある大きな抽象画の作品を目の前にしたとき「これは私だ!」と思ったのです。現在の疲れ果てた自分の姿、苦しかった過去の自分、失うばかりでまだ何も見えない自分の未来、すべてがその絵に描かれているように見えたのです。そのうちポロポロ涙が溢れてきて、小一時間ほどその絵の前で立ち尽くし、周囲を気にする余裕もなくただすすり泣いていました。そんな体験は初めてでした。
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ジョルジュ・ポンピドゥー国立美術文化センター(Centre national d'art et de culture Georges-Pompidou)外観。 様々な形態の同時代の芸術(現代美術や現代音楽、ダンス、映画など)のための拠点をパリ中心部に設けようとの意図から計画。1977年開館。 撮影:著者
思えば、何年も闘病生活をしていた母、心配そうにしている家族の姿と家の中の閉塞感、家族との軋轢、葛藤、それでも関係なく忙しくなる一方の仕事、辛かった恋愛、そんな状況の中、目の前のすべきことに集中するために、我慢し感情を押し殺して何も感じられなくなっていたのだと思います。パリという非日常感の中で過ごしながら、毎日毎日何百という作品を見続けて心が少しずつ解きほぐされ、そんな中で自分自身を投影できるような作品と出会い一気に感情が溢れ出てきたのだと、今なら容易に想像がつきます。 それから、日本に帰国して美術とはまったく関わりのない仕事をずっとしてきました。でも、ポンピドゥー・センターでの出来事は心の中で印象深く残っていました。あのときの体験がなければ、美術ライターの仕事はしていなかったかもしれません。長い時間がかかってしまったけれど、色んな人とのご縁でようやくここにたどり着き、美術に関わる仕事をしています。アートは人生を豊かにしてくれるもの、心を癒してくれるもの、世界を広げてくれるもの、今心からそう思えます。 <まずはアート情報チェック!!> ■ ARTLOGUE(アートローグ) http://www.artlogue.org/ アートで社会に対話と潤いを与えるソーシャルアートメディア。 ■ artscape(アートスケープ) http://artscape.jp/ 日本全国の美術館展覧会スケジュールがチェックできる。 ■ KANSAI ART BEAT http://www.kansaiartbeat.com/ 美術館だけでなくギャラリーの展覧会情報もある。関西の主なアートシーンが丸わかり。イベント情報も掲載。 ■ TOKYO ART BEAT http://www.tokyoartbeat.com/ 美術館だけでなくギャラリーの展覧会情報もある。関西(関東)の主なアートシーンが丸わかり。イベント情報も掲載。
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