八一が出版した歌集『南京新唱』の自序に、「獨往にして獨唱し、昂々として顧返することなし」とあります。「独往」とは、「他人にたよらず自分の力で歩み進める」の意味で、伝統的な歌壇、書壇の外側で独自の世界を切り関いた、八一の生き方を示す言葉といえるでしょう。
1881(明治14)年に新潟市の料亭 會津屋の次男として生まれた會津八一は、歌人、俳人、書家、教育者、美術史研究者という様々な顔を持つ、多才な文化人です。八ーと中村屋との関わりは、中村屋創業者 相馬愛蔵・黒光夫妻の長男 安雄が早稲田中学時代、八一の教え子であったことに始まります。安雄を落第させた八一を相馬夫妻が訪ね、感謝したのです。1945(昭和20)の年3月の空襲では、住居でもあった下落合の秋艸堂(しゅそうどう)が全焼。八一を自宅に招こうとした安雄でしたが、5月に中村屋も罹災したために実現しませんでした。その後、故郷の新潟へ戻りますが、1948年、中村屋が営業を再開し、安雄が社長に就任すると、八一は上京のたびに中村屋を訪れるようになりました。
中村屋のお菓子のラベルには八一が揮毫したものがあり、また看板も手掛けています。1949年には中村屋で個展も開催しました。
本展では、書家、歌人である會津八一の魅力を紹介するとともに、教育者、東洋美術史家としての八一にも触れ、さらに中村屋との関わりを展観します。
【前期】2018年9月15日(土)~10月29日(月)
【後期】2018年11月1日(木)~12月9日(日)
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