自然史と日本文化をクロスオーバーさせた新感覚の展示
京町家で「JAPAN COLOR」を体感する
ICOM(国際博物館会議)京都大会に合わせて、8月30日(金)~9月16日(月・祝)の間、京都市指定有形文化財「野口家住宅(花洛庵)」で、「JAPAN COLOR」をテーマにした企画展「Where culture meets nature~日本文化を育んだ自然~」が開かれています(主催:自然史博物館11館が連携する「自然史レガシー継承・発信実行委員会」など)。
同企画展シリーズとしては4回目。京町家の伝統的な建築空間と自然史標本を融合し、色を通して自然と日本文化の関わりを紹介します。日本の自然が生み出す色の不思議さ。日本人が自然をどう表現してきたのか。昨年12月に掲載した記事に続いて、自然史博物館の新たな試みに密着しました。
まるで現代アート。息を飲むほど美しい輝きを放つ
昆虫のカラーグラデーション
オオセンチコガネがまとう色のグラデーションは、まるで現代アートのよう。瑠璃色や金赤、金緑などメタリックな色彩のバリエーションがあります。この色は、構造色と呼ばれるもの。色素ではなく外骨格の層の厚さによって、青色や赤色の光が強く反射して発色しています。その色は昆虫が死んでも退色しません。例えば同じ構造色である玉虫の羽根で装飾した、法隆寺の国宝「玉虫厨子」は今も美しい輝きを放っています。
オオセンチコガネは、イノシシなど大型草食獣の糞を土に埋めて子育てする糞食性のコガネムシです。全国で見られますが、過去の獣の分布に生息域が制限されています。赤系を中心に色の変異に富み、特に滋賀や京都、奈良周辺では地域によって色彩パターンが大きく違います。糞を食べてこんなにきれいな色彩をして、地域によって違ったバリエーションがあるのが魅力です(北海道博物館 学芸主幹 堀繁久さん)
「JAPAN COLOR」のために制作されたこのオオセンチコガネのカラーグラデーションは、北は北海道から南は屋久島まで200匹のオオセンチコガネの標本が集められています。瑠璃色は紀伊半島や屋久島、緑色は京都や滋賀、北海道などでよく見られるそう。
標本は、ある時代、その土地に、その昆虫が生息していた証であり、それが生存するための大型草食獣が分布していた証拠にもなります。今、ものすごい勢いで昆虫が減少してきています。将来、日本の自然環境の変遷を振り返るためにも自然史標本の蓄積は、今後ますます重要になってくると考えています(同)
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さらにアート感満載なのが蝶のカラーグラデーションです。全国の自然史博物館が協力して、日本の蝶全250種の標本で赤・紫・青・緑・黄・茶・白・黒の8連のカラーグラデーションを表現したものが展示されています。このほかにもカラフルなウミウシや貝など自然の色彩に目を奪われます。
植物の実や花、皮などから色を汲みだし
四季のうつろいを表現した日本の色
日本人は自然の色をどう表現してきたのでしょうか。
藍色や杜若(かきつばた)色、萱草(かんぞう)色…。日本には自然に思いをはせた奥ゆかしい色の名前が300色余りあります。日本の伝統色になっている植物の色や形がわかる人は少ないのでは。現代は身の周りに色があふれていますが、明治時代に化学染料が輸入されるまで染織品はすべて自然の材料で染められていました。今回は、日本の色の名前になっている植物の標本、日本の色を染める代表的な染料植物とその植物で様々な色に染めた薄絹が展示されています。
明治以降、消えつつあった植物染めによる日本の色を古典史料に基づいて復活させた「染司よしおか」が展示に協力。5代目の吉岡幸雄さんは、日本の色について次のように話します。
日本は5世紀の倭の五王の時代に中国の染織技術を取り入れ、その様式を真似ていましたが、平安時代に菅原道真が遣唐使を廃止してから日本独特の自然観が出てくるように思いますね。つまり季節感をどう読み取るか。平安時代の貴族の一番の教養は季(とき)を感じるかどうかです。季節の移ろいを見て感じて、季節に準じた色を着る、あるいは生活の中に取り入れることが貴族のたしなみでした。古の職人は移りゆく自然の繊細な色合いを表わそうとしました。その色は日本の色の原点です。日本ほど自然に恵まれ、季節の彩りが豊かな国はないのでは。そのことに感謝の気持ちをもたなければならない。今は染料植物を手に入れることも難しくなっています。もっと自然を尊び、古くから受け継がれてきた美しい伝統を次の世代に継承していかなければと思います
陣羽織の羽根は誰のもの?最新科学で色を分析し、
異分野コラボで新しい価値を創造する
2016年の第1回企画展に出展された野口家伝来の陣羽織が再び登場。前回、見逃した人は必見です。陣羽織は約300年前に有力武将が着用したものと伝えられ、背中に鳥の羽根でアゲハ蝶模様が描かれています。果たして何の鳥なのか。鳥の種類を特定するために、その後も大阪大学の齋藤彰研究室、NPO法人フィールドの協力を得て、自然史系博物館の技法を活かして研究が続けられています。
前回、鳥類の専門家による鑑定と合わせて、陣羽織の羽根からDNAを抽出して分析しましたが、種類の特定にいたらず。羽根の光沢が微細な構造により発色する構造色であることからさらに分析を進め、構造がキジの羽根に酷似していることがわかりました。あらためて陣羽織を鑑定したところ、キジの背部や腰部など様々な羽根を巧みに織り交ぜて作られた可能性が高いことが判明。今回はさらに最新の科学技術を駆使して、陣羽織の羽根の分光分析や同位体分析などが進められています。
「蔵の中にあったときは黒い羽根だと思っていたのですが、外に出してみると光によって緑色に変わるので驚きました。伝承ではクロヤマドリの羽根と言われていたのですが」と、野口家のご当主。戦国時代、陣羽織を来た武将が夜は闇に溶け込み、昼は野山で緑の輝きを放っていたのかもと、想像がふくらみます。会場には有力武将が実際に着用したといわれる文化財級の陣羽織と、調査の対象となったキジのはく製が展示され、間近に見比べることができます。
自然史標本は生物学だけでなく、美術や歴史などの人文学にも大きな恩恵をもたらします。科学技術が発達し、自然素材を使った美術品や文化財の定説が覆され、長年の謎が明らかにされるケースが増えています。自然史×工学×人文学の異分野がコラボすることでこれから新しい価値や表現が生まれる可能性があります。そのことを実践して示したかった。自然史標本の保存と活用は、文化財のレガシー継承そのものです(県立人と自然の博物館 主任研究員 三橋弘宗さん)
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「JAPAN COLOR」をテーマに、京町家で1匹の虫や1羽の鳥、1本の花から繰り広げられる日本の自然と文化の関わり。その空間で一体何が立ち現れてくるのか。新感覚のキュレーションも見どころです。ICOMに対応して、展示には英語の解説も付けられています。
週末には同展覧会ならではのユニークなセミナーも開催されます。詳細は、兵庫県人と自然の博物館のホームページで。
〇インフォメーション
「Where culture meets nature~日本文化を育んだ自然~」
企画展「JAPAN COLOR」
会期:8月30日(金)~9月16日(月・祝)
会場:野口家住宅 花洛庵(京都市中京区藤本町544)
時間:11時~19時(入場は18時30分まで。最終日は16時閉場、入場は15時30分まで)
入場料:500円(高校生以下無料)
ULR:https://www.hitohaku.jp/infomation/event/legacy-kyoto2019.html
主催:自然史レガシー継承・発信実行委員会、兵庫県教育委員会、兵庫県立大学自然・環境科学研究所。(実行委員会構成館:北海道博物館、栃木県立博物館、国立科学博物館、三重県総合博物館、琵琶湖博物館、伊丹市昆虫館、大阪市立自然史博物館、きしわだ自然資料館、橿原市昆虫館、北九州市立自然史・歴史博物館、事務局:兵庫県立人と自然の博物館、計11館)