本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
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「アートの力とマネジメント」
第1週:アートの力
② 何が障害なのか?
今日は、障害のある人のアートについてお話しします。私の経験を踏まえてなのですが、障害のある人のアートをどう捉えたらいいのか、という点についてお話ししたいと思います。
近年、障がいのある人のアートが、アウトサイダーアートなどとして、積極的に紹介されるようになりました。彼らの生み出すアートが素晴らしく創造的であり、私たちに大きな刺激を与えてくれるからです。その勢いにはすさまじいものがありますが、一方で注意すべきは、流行の商品のように消費されてしまって、あるとき賞味期限が切れたといって、ぽいっと投げ捨てられてしまう危険性もある点です。そうなると、当事者である障がいのある人のダメージがとても大きくなるのではないかと心配です。そうならないためにも、障害のある人のアートについての理解を深めてゆきたいと思います。
まず、私と障がいのある人との衝撃的な出会いについてお話ししたいと思います。それは音楽を通してでした。私はインドネシアのガムランという民族音楽を演奏しています。青銅製の打楽器を中心とする合奏音楽です。
あるとき、知的に障がいのある人とともにリハーサルをする機会がありました。10年以上前のことです。正直に言いますと、障がいのある人に対する私の理解はとても浅く、楽器を乱暴に扱われて壊されたりしたら困るなぁ、といった程度のものでした。かつて小学生にワークショップをしたとき、なかに乱暴な子供がいて、思いっきり楽器をぶんなぐったり、楽器の上に乗ったりしたことがあったので、そんな風景を想像していたのです。
ところが、そんな予断を大きく裏切ってくれました。ある女性は、鉄琴のような楽器を左端から右端へ順々に打つ。そしてこんどは右端から左端へと逆戻りする。その延々たる繰り返しが1時間も続くのです。毎回の往復運動のスピード、音量は微妙な違いがあり、リズムも均等ではなく、変化に富みました。なぜか耳が惹きつけられるのです。そんな演奏を私は聴いたことも、やったこともありませんでした。
また別の女性が見せてくれたダンスは、これまでに見たどんなダンスとも違っていました。一瞬の手抜きもない彼女らの動きを目の当たりにして、音楽は大きく盛り上がってゆきます。ダンスはさらに激しくなり、ついに彼女はパタンと床に倒れこみました。極度の興奮で発作が起こったのです。彼女には申し訳ありませんが、その倒れている姿ですらダンスに見えたのです。この人たちはいったい何者なのだろうか? 私は、即座に、彼女たちとの共演を申し込みました。
ガムランチームの方は、最初、「彼女たちに教えよう」と思っていたのですが、すぐにそれは思い上がりであることがわかりました。むしろ彼女たちの動きや感覚の鋭さに学んだ方がいいという結論に達したのです。彼女たちからは非常に面白いアイデアがいっぱい湧き出てくるんです。しかし残念ながら、彼女たちはそれを作品という形に整えて提示する技術を持っていません。そこの部分をガムランチームが担って、そのアイデアをお客さんに伝わるように工夫を凝らそうと思いました。関係性が逆転しているんです。障害のある人たちが私たちに何かを教えてくれる。こういった逆転が起こり得るということは、障がいのある人と共同作業を行うとき、とても重要な観点になると思うのです。
障がいのある人のすごさはパフォーマンスだけではありません。彼ら/彼女らの造形作品をご紹介したいと思います。
いま「障害者アート」や「アールブリュット(注釈が必要)」という言葉が流行っています。障害のある人たちの創造性やその芸術的価値を積極的に認めていこうとするというのは大切な観点ではあるのですが、同時に、「障害者」というレッテルを貼り、その領域の温存、固定化に与してしまうのではないかという危険性を孕んでいます。
ここで、障害のある人の芸術性に先駆的に着目し、多くのアーティストを輩出している奈良市の「たんぽぽの家(注釈が必要)」の創始者である播磨靖夫さんの言葉を紹介したいと思います。播磨さんは、障害のある人について
彼らは可能性に満ちている。社会が彼らを不可能なものへと追いやるのである
といいます。播磨さんは「エイブル・アート(=可能性の芸術)ムーブメントという運動を展開しています。この「社会が彼らを不可能なものへと追いやる」という指摘は、注目すべきだと思うのです。要するに、障害は社会によって作られると言っているのです。さらに踏み込んでいえば、そんな社会の方がおかしい、社会の方にシステム障害があるということなのです。
社会は、障害のある人を身動きとれなくさせる一方、障害のない人の優位性を確保してしまう。播磨さんは障害のある人のなかに「エイブル・アート」を発見したのですが、実は「エイブル・アート」を必要としているのは、社会全体の方だと思います。
ここで、たんぽぽの家でアートの企画を担当している岡部太郎さんの話を少し聞いてみたいと思います。
障がいっていうのは、僕が思っているのは、その人にあるものではなくて、人と人との間に生まれるものだと思ってます。人とか環境の間に生まれるものだと思っています。だから人によって、その置かれた環境が原因で、障がいといわれてしまうようなことがよくあるなと思っています。逆に言うと健常だと、例えば自分が健常だと思っていても、自分が置かれた場所によって、障がいと感じることもあるのかなというふうに思っています。
まずとても面白いと思うのが、僕たちが思いもよらないようなモチーフだとか、色とか、線とか、そういったものを自然に描いていかれることだと思います。さらに面白いと思うのが、かかわる人との関係性によって作風が変化していくということですね。自分1人だけで描いているというよりは、たんぽぽの家では、スタッフやケアの人たちがかかわりながら描いていますので、その人たちのかかわり度合いによって、作品も変化していくということが、とても面白いというふうに思っています。
たんぽぽの家でいつも言っているのは、アートの始まりはケアであるっていうふうに言っています。生活とかその人の心の状態が安定しないと、表現するまでに行き着かないっていうことがよくあります。なので、僕たちは表現を優先するというよりは、しっかりとした生活基盤があったうえで、表現が成り立つというふうに思っています。
たんぽぽの家はアートセンターといってるんですけどもアーティストを育成するための場所ではなくて、アートをとおして、より人が豊かに生きるっていうことを目指していますので、よいアーティストを育てたりとか、よいアート作品を作ることだけが目的にはなっていないです。
障害のある人を様々な制度で支援することは重要だと思いますが、その支援が、障害のある人を一定の場所に囲いこんだり、活躍できる範囲を固定化したりする方向に向かうのには反対です。むしろ、さりげなく混ざり合う、浸透し合うことが大切ではないか。私はそれを彼女たちとの共同作業で学びました。そこで大切なのは、制度を云々する前に、私たち個々の眼差しやスタンスに立ち返り、そこから障害をどういうふうに「社会化」あるいは「共有化」するのか、という課題に向かい合ってゆくことではないかと思っています。
そのひとつの優れた回答を「たんぽぽの家」の「ひと・アート・まち」というプロジェクトに見ることができます。これは、まちなかで障害のある人のアートを展示したり、上演したりするものですが、ギャラリーとかホールよりも、民家や空き店舗、食堂などを会場として使うことによって、地域に障害のある人とそのアートの浸透をはかってゆくものです。
街角の様々なスペースが、1〜2週間の会期中、障害のある人のアートの発表の場となります。当然、この催しには障害のある人も多く参加するので、バリアフリー化などインフラ部分の変更が要請されます。コミュニティは単に会場を貸すだけではなく、様々な議論を重ねねばなりません。その間に住民の意識が少しずつ変わり、コミュニティのあり方の変化を促し、結果として街の景観が生まれ変わることが期待されているのです。「たんぽぽの家」のスタッフだけではなく、地域住民が多くかかわるところに、マネジメントの特徴があります。そして、この流れのなかから生まれた「プライベート美術館」という仕組みはとても興味深いものです。
これは商店や町家のオーナーが障害のある人の作品を自分で選び、それを店などに飾って来店者に見てもらうというものです。小さなギャラリーがまちの中に点在することになります。
私は、それぞれの店主がキュレーター(学芸員)になる点が面白いと思うのです。彼らはプロではないけれど、障害のある人のアートと向き合い、自分の感覚にマッチした作品を他者に見てもらおうとしているのです。そこには(店主という)個人と(障害のある人という)個人の対話があるのです。このようなささやかだけれど、確実な対話のシーンこそが住民の意識やスタンスを変えてゆくものであり、このような小さなシーンの積み重なりのなかから、障害ある人を特別な眼差しでは見ない社会へと、変えていけるのではないかと思うのです。
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