PRESS RELEASE
90 年代半ば、ミュージシャンや歴史上の人物、あるいは恋人や愛犬など、自身にとって“憧れ”の存在や“美”を描いた肖像画が、時代に新風をもたらす“新しい具象画”と称されたアメリカの女性作家、エリザベス ペイトン。近年では風景や静物、オペラからもインスピレーションを得るなどその表現を一層深め、各国で高い評価を得てきました。透明感のある特有の色彩、素早くも繊細な線によって、対象をただならぬ美しさを湛える存在に変貌させるペイトンの絵画は、私たちを純粋な鑑賞の喜びへと誘い、魅了し続けています。
本展は、日本では紹介される機会の少なかったペイトンの 25 年の画業を約 40 点にて一望する、日本の美術館での待望の初個展です。
展覧会詳細
《肖像画の探求》
アメリカの女性作家、エリザベス ペイトンは、1990 年代初頭より絵画や素描、版画を中心に制作してきました。中でも肖像画が特に知られており、描く対象は、彼女の親しい友人から、歴史上の人物や現代のカルチャーアイコンにまで及んでいます。また、アーティストや小説家、ミュージシャンや役者なども常に描写の対象となってきました。近年では、街の風景や静物、オペラからもインスピレーションを得て、肖像画と真摯に向き合いながらその概念を大きく広げています。
《日本の美術館における待望の初個展。25 年の画業を一望する約 40 点》
日本では紹介される機会が少なかったペイトンですが、この度、原美術館では、日本の美術館としては初となる個展を開催することとなりました。作家自身が 25 年のキャリアを振り返り選んだ出品作品約 40 点は、多岐にわたるジャンルと主題を擁する極めて重要な作品群です。本展は、これまでのペイトンの制作を一望する機会となるとともに、互いに響き合う作品を通して、深く思考を巡らす場となります。
《エリザベス ペイトンの制作―歴史上の人物も同時代の人物も等しい距離感で》
ペイトンは写真を基に描くこともあれば実物を見ながら描くこともありますが、いずれも、ギュスターヴ クールベ(1819-1877)からアンディ ウォーホル(1928-1987)に至る歴史的かつ芸術的な肖像画を研究し、自由で極めて現代的な表現方法によって、日常と非日常を往来するような作品に仕上げています。初期には歴史や文学の登場人物、中でも様々な伝説 の残る人物を描写しました。1990 年代半ばには、バイエルン王のルートヴィヒ 2 世(1845-1886)を世紀末の放蕩の象徴として描きましたが、そこには同時に肖像画の役割や本質に迫るペイトンの視点も示されていました。
ペイトンの作品では、同時代の人物も歴史的人物と同じような距離感で描かれています。ニルヴァーナのヴォーカル、カート コバーン(1967-1994)の肖像は、人物画という面とコバーンの生死を廻る聖人画という面を併せもっています。『Kurt Sleeping』[眠るカート、1995 年]では、無防備な姿のカートを描写する一方で、眠りと死の隠喩的な類似を想起させています。ペイトンはこれまで、自画像や自身の周囲の人物も描いてきました。
『Prince Eagle (Foutainebleau) 』[プリンス イーグル(フォンテーヌブロー)、1999 年] では、歴史あるフランスの城の水路脇を歩く友人を、壮麗な景観を背景にしながら内省的に描いています。同時代の人物を描く際には、このように歴史的な文脈を含めたり、背景にしたりすることが多々あります。
《作品の魅力―特有の色彩や繊細な線による魅惑の人物像》
ペイトンの作品では、いずれも彼女特有の色彩や繊細な線によって、人物は情熱や魅惑、ただならぬ美しさを湛える存在に変貌しています。また、対象を的確に捉え、控えめなサイズと大胆な描写とも相まって、しばしば人物の外面と内面との間に緊張感を生み出します。素描やモノタイプでは、簡潔で迷いのない筆致が人物に存在感を与え、思考の深さも表しています。
静物画や素描では、文学や自我、美術史、そして過去と現在といったペイトンのテーマや関心が、花や本などのモチーフの描写に見事に凝縮されています。時には、肖像画というジャ ンルが、画面に描かれたブックカバーや写真というかたちで密かに入り込んでいることもあります。例えばペイトンの最初の静物画である『Pati and Flowers』(パティと花、2007 年) には、人物が描かれたポストカード(肖像)と花の習作が組み合わされています。こうした並置された表現方法から感じられるペイトン作品の潜在的な“抽象性”――直感的に繰り返される筆触――は、「絵画とは色の中に生じるもの」というライナー マリア リルケ(1875-1926)の解釈を思い起こさせます。
ペイトンにとって静物画は、物やアイデアの保管庫のようなものですが、美術史やオペラを 参照することにより、彼女の作品が多様なインスピレーション源が絡み合って出来上がっているものであることが強調されています。批評家のカースティ ベルが述べているように、
「他の作家の現存作品を“基に”制作されたペイトンの作品は、多様なテーマが一種のレディーメイドとして組み込まれ、ワンクッションおいて描写されて」います。
『Flaubert in Egypt (After Delacroix) 』[エジプトのフロベール(ドラクロワにならって)、2009-2010 年]は、ウジェーヌ ドラクロワ(1798-1863)の絵画、『Women of Algiers』[アルジェの女たち、1834 年]の一部を基にしています。ドラクロワの解釈から、ペイトンは、ドラクロワと同時代のギュスターヴ フロベール(1821-1880)の『フロベールのエジプト』(1849 年)を連想した、と述べています。5 年ほど前からは、神話をもとにしたワーグナー(1813-1883) のオペラの壮観な物語と舞台が、ペイトン作品の主題に頻繁に見られるようになりました。それらは、歴史、神話、記憶、主観性を要約し、彼女のこれまでの幅広い実践を、視覚的にも主題的にも象徴するものとなるでしょう。
絵画は、一瞬一瞬の時間の蓄積である。あるいは時間をかけて生じるものであ る。絵画とは、それ自体が必要とするものをすくい上げていく作業だ。絵画の 中で起きていることをただじっと観察する。絵画は時間とともにある、それゆ え様々な影響をもつものとなる。
―エリザベス ペイトン
エリザベス ペイトン Elizabeth Peyton 略歴
1987 年、ニューヨークのスクール オブ ヴィジュアルアーツを卒業。主な個展に「Here She Comes Now」展(バーデン バーデン州立美術館、ドイツ、2013 年)や版画に焦点をあてた 2011 年の回顧展「Ghost」展(ミルドレッド レーン ケンパー美術館、セントルイス、アメリカ / オペルヴィレン財団、リュッセルスハイム、ドイツ)等がある。また、主要回顧展に、2009 から 2010 年にかけて各地を巡回した「Live Forever」展(ウォーカー アートセンター、ミネアポリス)、ニューミュージアム(ニューヨーク)、ホワイトチャペルアートギャラリー(ロンドン)、ボネファンテン美術館(マーストリヒト、オランダ)がある。日本では、Gallery Side 2 にて個展(1995 年)、「エッセンシャル・ペインティング」展(国立国際美術館、2006 年)に参加。2017 年にはローマ フランス アカデミー「ヴィラ メディチ」にて個展を予定。ニューヨーク在住。
エリザベス ペイトン:Still life 静/生
会 期:2017年1月21日(土) ~ 5月7日(日)
主 催:原美術館、Hara Museum Fund
会 場:原美術館
特別協力:Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin
開館時間:11:00 am - 5:00 pm(祝日を除く水曜は8:00 pmまで/入館は閉館時刻の30分前まで)
休館日:月曜日(祝日にあたる 3 月 20 日は開館)、3 月 21 日
入館料:一般1,100円、大高生700円、小中生500円/原美術館メンバーは無料、学期 中の土曜日は小中高生の入館無料/20名以上の団体は1人100円引