こんにちは。 イランと日本のバックグラウンドを持ち、中東地域をアートの目線で読み解くSevinです。 私は現在、日本人の中東地域やイスラムに対する偏見や誤解を解くことを目的に、「アートな中東」というサイトを運営しています。私がアートを通じて中東を日本人に紹介しようと思い立ったのには、日本で暮らす中東系ハーフとしての経験からきています。 今回は私がなぜそもそも中東地域とアートを組み合わせようと思ったかという経緯をお話ししてから、本題である中東のファッションについてお話します。
中東ってこわい?
私は生まれも育ちも日本なのですが、小学校から高校卒業するまで毎日、父の国”イラン”と、母の国”日本”を行き来する生活を送っていました。と言いますのも、在日イラン大使館内にあるイラン人のインターナショナルスクールに通っていたのです。 大使館の敷地内は、不可侵条約によって受け入れ国(ここでは日本)の司法や法執行機関の力が及ばない、外国なのです。ですから私は、文字通り毎日電車とバスを乗り継いで日本とイランを往復していました。 大使館敷地内に位置する「イラン人学校」は、イラン国内とみなされるので全ての事がイラン基準です。“全て”と言うのは、モラル、常識、言語、全てです。 イラン人学校に居る間は、ペルシア語が飛び交い、お祈りの時間があり、豚肉を食べるなんてあり得ません! そして、このイラン流の影響はファッションにも及びます。日本では公立小学校なら私服、中学高校と制服を着ますが、イランの学校ではそうはいきません。私もイラン流の服装で学校に通っていました。こちらの写真は私が小学一年生時のクラスの集合写真です。
小学校に入学するまで日本の幼稚園に通っていた私は、最初のうちはこの服装に慣れず「暑いな〜」と不満を言っていましたが、この特殊な服装に疑問を持たず、自分の個性として受け入れていました。 事情が変わったのは2000年9月11日以降です。中学生だった私は学校の友人と放課後ショッピングに行ったときに初めて、日本では特殊な“ファッション”だと、身をもって感じる出来事がありました。 その日の放課後、日本の女子中高生が制服で放課後寄り道をするように、私たちも「イランの制服」で東京の街を歩いていました。そんな時、すれ違った日本人男性が突然、指を拳銃の形にして友人の頭めがけて数発“バン、バン、バン”と呟きながら発砲する素振りをして去って行ったのです。唖然としている日本に来て間もない友人に「日本人代表」として何か言ってあげられたら良かったのですが、当時の私は適切な言葉、弁明をとっさに言う事が出来ませんでした。 この日以来、私はイラン流の服装で通学する事に身の危険を感じるようになりました。 中東=危険 この方程式は、9・11以降次第に世界中で確立していきました。 日本も例外ではありません。 日本に入ってくる中東地域の情報のほとんどが、ニュースです。ニュースは悲しい出来事や、国家が考えている事を伝えますが、国民の日常を感じ取る事はできません。 私は「中東=危険」という方程式に、現代アートを通じて違う見方を呈示できないかと考えました。
中東、アート、ファッションそしてメディア
さて、今回は現代アート作品を通して見えてくる中東地域のファッションの多様性、日常、そしてアイデンティティについてお話しします。 中東地域のファッション、特に女性のファッションはイスラム教のフィルターを通して見られがちで、女性に対しての“抑圧”の象徴とされてきました。 “中東地域の女性の服装”と聞いたとき、どのようなものを思い浮かべるでしょうか? 多くの人が黒い布に包まれた女性を思い浮かべるでしょう。
こちらは、NY在住のイラン人アーティスト シリン・ネシャット(Shirin Neshat)による作品です。 「イランの女性・政治・宗教に関連する西洋の持つ誤った認識に対して、私たち(アーティスト)は批判的な態度をとり戦っています。私たちはこれらの全てにプライドと敬意を持っています。」 シュリン・ネスハット「追放の身の芸術」 | TED Talk このように語るシリン・ネシャットは、西洋が今まで築き上げてきた“イスラム教”そして“ムスリマ(女性イスラム教徒)”に対する誤ったステレオタイプに真っ向から立ち向かいます。 黒い布に包まれ銃を構える女性は、メディアが誇張して発信する「過激で戦闘を好む中東世界」というイメージを象徴しています。 さあ、黒いカーテンをめくり、ムスリマのファッションの世界を覗いてみませんか?そこにはカラフルな発見があるでしょう!
ヒジャブの三原則を守ればヒジャブ・ファッションを楽しめる!
ムスリマが外出時に着る服装をざっくりと「ヒジャブ」と言います。一言でヒジャブと言っても国、地域、民族によって違います。言い換えれば、ヒジャブにも伝統や流行があり多様なのです。 例えばイラン国内でも、地域や環境によって様々なヒジャブのスタイルがあります。 それでは、イランのヒジャブ・ファッションを見てみましょう。 こちらの写真は、ペルシア湾岸地域の伝統的なヒジャブ。
金色のマスクの他に、刺繍が施された布製のものもあります。 ミステリアスで魅力的なマスクですが、日常的に着用する人はとても少なくなってきています。 一方、こちらのカラフルなファッションはカシュガイ族と呼ばれる遊牧民のスタイルです。カラフルなワンピースを何枚も重ねて着ます。
カシュガイ族は、ギャッベと呼ばれる色鮮やかな敷物で有名です。緑豊かな自然を渡り歩いている彼女たちらしいファッションですね。 さて、首都テヘランや主要な街ではどんなヒジャブ・ファッションに出会えるのでしょうか。 首都テヘランや主要な街は、東京や大阪同様、様々な地域出身の人々が暮らしているので、今まで見てきた「伝統スタイル」はあまり見る事ができません。街でのスタイルはざっくりと「コンサバ系」と「モード系」にわかれます。 どちらもファッションを楽しんでいることには変わりはありませんが、家庭や環境、さらには暮す地域によって楽しみ方が違います。 イランのコンサバ系の代表的なファッションアイテムは「チャドル」と呼ばれる黒い布です。この布を頭から被るのでパッと見、全身黒いのでギョットしてしまうかもしれませんが、よく見ると黒い布にうっすら模様が描かれていたり、スカーフに差し色が使われていたりと、ファッションを楽しんでいます。
こちらの写真はイラン国内の女性ファッションブランドBonitta(ボニッタ)のコレクションからの一枚です。Bonittaはイラン政府監修のもと、イラン人女性のあるべき姿に寄り添ったヒジャブ・ファッションを提供しています。 一方、「モード系」が日常的にチャドルを着用する事はあまりありません。彼女たちはスカーフで髪を隠し、ワンピースで体のラインをカバーします。 こちらはイランの女性ファッションデザイナーNaghmeh Kiumarsi(ナグメ・キユマルシ)の2016年春・夏コレクションからの一枚。
さすがにここまでモードな人に街中で出会える事はあまりありませんが・・・。しかし、「モード系」に分類される人は基本的にこんなヒジャブで外出しています。 イランだけでもこんなにヒジャブのスタイルがありますが、ヒジャブの基本ルールはこの3点を守っていれば大丈夫でしょう。 1)髪を隠す 2)手足は手足首までカバー 3)体のラインを強調させない そして、実はイランにも「ギャル系」ヒジャブ・ファッションがあるのです。 イラン人アーティスト シリン・アリアバディ(Shirin Aliabadi)の《Miss.Hybrid》シリーズは、イランの「ギャル系」ファッションやサブカルチャーをテーマにしています。
こちらは作品なので、ここまで全ての要素が「ギャル系」ファッションの人には中々お目にかかれませんが、こちらも一応ヒジャブの三原則を守っています。 鼻に貼られた白いテープから、彼女は鼻の整形手術をうけて間もない事が分かります。日本では、整形した事をあからさまに公言することはありませんが、イランでは整形手術後間もない状態でも外出をする人が多く、特に整形が特別な事ではなく歯の矯正と似た感覚と言ってもいいでしょう。整形のなかでも一番人気は鼻の整形です。イランの女性は鼻が高すぎるという理由で鼻を低くする整形手術をするのです。 国が違えば悩みも違いますね・・・。 こちらの写真は、上と同じシリン・アリアバディ(Shirin Aliabadi)の作品です。2015年9月12日から2016年1月11日まで開催されていた、原美術館の「そこにある、時間―ドイツ銀行コレクションの現代写真」展で展示されたこの作品は、親しい友達と夜のドライブに出掛けるごく一般的な女性たちの姿です。
何気ない日常のワンシーンですが、中東地域の外にいる私たちにとっては発見があるのではないでしょうか? 例えば、イランでは女性も車の運転が許されているんだ! とか・・・。 この様に、中東地域から発信されるニュースではなく現代アートに目を向ける事で、今まで知り得なかったその地域で暮す人々の日常、流行、また言語化できない感覚などを発見することができます。
女の子の部屋はどこの国も同じ・・・。
今までご紹介したヒジャブはムスリマの外出する時の服装ですが、次にご紹介するのはレバノンの一般的な女の子のお部屋を写した作品です。 レバノン出身のアーティスト ラニア・マタール(Rania Matar)のシリーズ作品《A Girl and her Room》は、レバノンとアメリカで暮す10代の女の子の部屋を映しています。 まずは、何点か作品を見てみましょう。
さて、どの写真がレバノンで、どの写真がアメリカで撮られたものか分かりますか? 1枚目と3枚目がレバノン、2枚目と4枚目がアメリカのマサチューセッツ州で撮られた写真です。 中東世界で暮す女性は、常にヒジャブ・スタイルで過ごしている訳ではありません。宗派や地域によって決まりは多少異なりますが、基本的にムスリマは家族や親戚と過ごす時は私たちと同じ様なスタイルで過ごすのです。こうして見ると“イスラム教”や“中東”という今まで遠い存在だった世界が、少しでも身近に感じられるのではないでしょうか。
そもそもヒジャブをまとうってどんな感覚?
「ヒジャブはメイクと同じ。外出する時に多くの女性がメイクをして外向きの自分を装う様に、私たちはヒジャブを纏います。」
アーティストとして活動を始めてから、長年ヒジャブと向き合ってきたイエメン出身のアーティスト ブーシュラ・アルムタワケル(Boushra AlMutawakel)は、ヒジャブをメイクの一種として表現します。どちらも“素”の自分でない外向きの自分を装う手段です。 さらに、彼女は多くの人にとって、メイクがその人のアイデンティティであるように、ヒジャブをムスリマのアイデンティティとして捉えます。
こちらは9・11同時多発テロ以降、「ムスリマでありアメリカ人である事は可能なのだろうか」というテーマで、アメリカで暮すアーティスト自身の葛藤を表した作品です。9・11以降、イスラム教徒とアメリカ人であることは相反するアイデンティティとして扱われるようになりました。2015年、調べによると330万人のイスラム教徒がアメリカで暮らしています。またこのグラフでも分かるようにその人口は上昇傾向にあります。
人口が増える一方、ISISによるテロ事件などでイスラム教徒に対する偏見やイスラム恐怖症(Islamophobia)がエスカレートしています。フランスでは公共の場でのヒジャブの着用を禁止する動きもあります。 昔からの伝統であり、ファッションであり、アイデンティティであるヒジャブ。ヒジャブ・スタイルのムスリマを見かけた時は、「抑圧されて可哀想に・・・」や「なんだか恐い」と思わないでファッションとして受け入れてみてはどうでしょうか。
もっと知りたい方へ、
<アーティスト一覧> シリン・ネシャット(Shirin Neshat) http://www.gladstonegallery.com/artist/shirin-neshat/#&panel1-15 シリン・アリアバディ(Shirin Aliabadi) http://www.thethirdline.com/artists/shirin-aliabadi/biography/ ラニア・マタール(Rania Matar) http://www.raniamatar.com/index.php >今回ご紹介した《A Girl and her Room》の写真集 http://www.raniamatar.com/books/girl-and-her-room/ >ラニア・マタールの新作《L'Enfant-Femme》の写真集 http://www.raniamatar.com/books/lenfant-femme/ ブーシュラ・アルムタワケル(Boushra AlMutawake) http://www.boushraart.com/#a=0&at=0&mi=1&pt=0&pi=1&s=0&p=-1 <中東ファッションについてもっと知りたい方> ◯ 濱田聖子(日本中等学会会員)UAE女性の服飾文化—マスクの魅力— http://www.jccme.or.jp/japanese/11/pdf/11-01/11-01-55.pdf ◯ イランのファッションブランド Bonitta(ボニッタ): http://www.hejaboefaf.com/tab-110/محصولات.aspx Naghmeh Kiumarsi(ナグメ・キユマルシ):http://naghmehkiumarsi.com Anar(アナール):https://www.facebook.com/anar.design90 Poosh(プーシ):http://www.pooshema.com Handarz(ハンダルズ):https://www.facebook.com/Handarz/ ◯ ユニクロのヒジャブ・ファッション http://www.uniqlo.com/my/hana-tajima/ ◯ 動画で見る中東ファッションの歴史 エジプト:https://youtu.be/b_x_mhNgbt0 シリア:https://youtu.be/Q7lnfraNVXY イラン:https://youtu.be/G7XmJUtcsak