金継師・黒田雪子さんに聞く「暮らしの美学」

nanchatic2018/05/28(月) - 17:45 に投稿
金継師・黒田雪子さんに聞く「暮らしの美学」

金継ぎがほとんど世の中で知られていない頃に、グラフィックデザイナーから金継師へと転身をはかった黒田雪子さん。ふだんの暮らしにも、繊細な感受性にもとづく独特の美学を感じます。黒田さんの金継ぎのお仕事と暮らし方について紹介したいとおもいます。


なおす、みなおす。


黒田雪子さんのウェブサイト「なおす、みなおす。」から、器の直しについて―。

私は昔ながらのやり方で、温度や湿度を待ちながら
時間をかけて直すことにしています。
「待つ」ことに大切なものが潜んでいると感じるからです。

ひとつひとつの器が違うことに加え
できた傷もひとつひとつ違います。
手に取り、よく見て、それぞれの個性を見つけ、
従来の伝統を踏まえつつも、
その景色に、今の時代の息をも吹き込めたらと思います。

 

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初期伊万里の盃。こちらは全て違う器の破片を寄せ集め、一つの器に見立てて仕上げたもので「呼び継ぎ」と呼ばれる手法

黒田さんの金継ぎの仕事を見ると「繕い」をこえた、器の作者とコラボレーションしているような新しい美しさを感じます。ご自身の金継ぎのスタイルや特徴についてたずねると、「金継ぎはものを大切にする素晴らしい文化である一方で、強い執着とも言えます」と黒田さん。

「私は、器に限らないのですが、なおしたいという思いが強すぎると思います。この強さが、私のスタイルになっているのだと思っています。また、デザインの仕事をしていた時に培ったものが、否が応にも自分のベースになっているので、それが特徴とも言えるのかと」

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粉々な状態でやってきた鎌倉時代の長頸壺(ちょうけいこ)

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繕い完了後



「なおす」という行為を発見して金継ぎの世界へ

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新たな景色が現れた再生後の器

黒田さんに、グラフィックデザイナーから金継師へと転身をはかった理由についてたずねるとー。

「20代後半を迎えた頃にプライベートで深刻な出来事がありまして、鬱になったんです。そこを境にして何にも心が動かない状態が何年も続きます。きつくて困り果てていた時、やっと突き動かしてくれるものと出会うのですが、それは〈植物〉の美しさと、医食同源としての〈食物〉でした」

「やがてどちらかの道を行きたいと思い始めたときに、大事にしていた器が割れるんです。壊れた器は自分の姿と重なりました。もともと伝統文化に関心があって金継ぎのことは知っていたので、直そうとして調べる中で、漆という樹液を使って食卓にあがる器を直すことは、もしかしたら植と食、二つの道が交わる地点に立てはしないかと。なにより〈なおす〉という行為が自分の心にフィットしたんです。こうして一気に金継ぎにのめり込んでいきました」

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フィンランド人彫刻家、タピオ・ウィルッカラ(Tapio Wirkkla, 1915~1985)によるデザインのオブジェを銀で直したもの



日々の暮らしについて


黒田さんの1日は、日の出の頃に起きてジョギング、事務的な仕事を終えて午後から金継ぎの仕事に取り掛かり、遅くても11時頃には就寝という流れ。「地味で単調な生活をしてないと、仕事をやる気が起きないんです」とのこと。

「大切なものを預かる仕事なので、睡眠不足やお酒を飲んだ時のように、少しでも手元に心配があるときは作業はしないようにしています。常に自分のコンディションを整えるというスタンスでいて、毎日、規則正しい生活をしています。身体を整えておくと、当然ながら心の状態もいいです」

黒田さんの手料理を何度かごちそうになったことがありますが、旬の素材をつかってお出汁を取って丁寧に調理されたものでした。見た目に派手さはないのですが、食材たちが生き生きと喜んでいるような美しさがあって、身体と心に染み通るようなおいしさを感じました。

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住まいの木造家屋の一軒家のキッチン。開口部がたくさんあるところがお気に入り

健康管理のために、その日の体調にあった食事を心がけているという黒田さん。

「基本は3食、発酵食を積極的に取り入れて、素朴な料理をつくって食べています。自分で味噌や梅干しなど、時間があれば季節に応じていろいろつくっています」

毎日のジョギングや軽いストレッチに加えて、「最近、意識してやってるのが深い呼吸。不調のときは、民間療法の治療資格も持っているので、自分で整えています」とのことです。

住まいの木造一軒家については、「庭の植物や室内に差し込む光、井戸の水温、登場する虫たちで四季の移ろいを感じます。メンテナンスは時には大変だけど、そういうものだと思ってるから、特に苦にはならないです。そもそも手間のかかるものとか好きですから」と、職人気質あふれる答えが。

「樹木が沢山あります。手入れはたまにしていますが、育ててるつもりのものはないです。半野良状態の雌猫が一匹、同居。植物も動物も自立していることを望んでいます。もし私がいなくなっても生きていってほしいので」

器を直す仕事を通して、ものの命のはかなさを身にしみて知っている黒田さんならではの考えだと感じます。

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ニューバランスのボストン本社から依頼を受けて直した大理石の靴箱。猫が映りこんでいる



過去に開催したイベントとコンセプトについて

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2007年の展示のために仕上げたもの。窯出しの段階で傷のある器を譲りうけ、良いところだけを集めて器として完成させた

「2007年にやった展示では、親しい陶芸家の方から、窯出しの段階でどんなに小さくても傷があるものは、商品にならず、廃棄するにもお金がかかるという話をきき、理屈はわかるのですが社会の時代遅れを感じました。

傷を直した器を完品の隣に並べて展示した場合、それらはどういう捉えられかたをするのだろうか知りたくてトライしました。結果は面白いくらいに売れましたよ。むしろ大きな傷のものから売れていきました。つまり評価されたということですね。本当に大きな発見がありました」

2016年と2017年に行ったイベントも同じコンセプトによるものだそうです。
「ものを大切にしない世の中に、反旗を翻してるつもりです」と語る黒田さんには、いつまでも変わらない芯の強さが垣間みえました。

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