「小山登美夫ギャラリー六本木」にて、アメリカのアーティスト、キャサリン・ブラッドフォードの個展「水の街を飛んでいく」を開催中

遠藤 友香2025/01/08(水) - 16:36 に投稿
Swimmers With Two Tubes 2024 acrylic on canvas 102.0 x 76.3 cm ©︎Katherine Bradford

1996年の開廊当初から、海外アートフェアへ積極的に参加し、日本の同世代アーティストを国内外に発信してきた「小山登美夫ギャラリー」。日本における現代美術の基盤となる潮流を創出してきたことで知られています。

Six Swimmers in River by the House 2024 acrylic on canvas 51.3 x 40.5 cm
Six Swimmers in River by the House 2024 acrylic on canvas 51.3 x 40.5 cm

この度、「小山登美夫ギャラリー六本木」では、アメリカのアーティスト、キャサリン・ブラッドフォードの個展「水の街を飛んでいく」を2025年2月1日 まで開催中です。

キャサリン・ブラッドフォードは、独自の絵画表現で国際的な評価を得ているアーティスト。 近年では、アメリカ、メーン州のポートランド美術館(2022年)、オーストリア、グラーツのハレ・フュア・クンスト(2024年)など、世界各地で大規模な個展を開催しています。 本展は、2022年に作家の日本初個展となった「Night Swimmers」に続く、小山登美夫ギャラリー六本木での2度目の個展となります。

Flight Over Water town 2024 acrylic on canvas 172.7 x 183.2 cm
Flight Over Water town 2024 acrylic on canvas 172.7 x 183.2 cm

本展では、ブラッドフォード作品の特色とも言える、印象的な色彩と構図を持つ新作ペインティング15点を発表します。彼女の作品には、海や空、陸が、鮮やかな色のフィールドとして幻想的な地平線で交わる背景に、泳ぐ、踊る、歩く、飛ぶ、休むなどの動作をする人物が浮かび上がっています。これらの場面は、日常生活の一瞬や映画のワンシーンを思わせながらも、明確な物語や解釈に収束することはありません。人体や顔は抽象化され、正確な識別を逃れる一方で、その人物たちの曖昧なジェスチャーは、作品の前に立つ人の好奇心やイメージを喚起する親密な空間へと誘います。

Beach Couple Red Sky and Sun 2024 acrylic on canvas 51.2 x 40.7 cm
Beach Couple Red Sky and Sun 2024 acrylic on canvas 51.2 x 40.7 cm

本展のタイトル「水の街を飛んでいく」は、展示作品のひとつにも冠されており、ブラッドフォードの作品に繰り返し登場するモチーフである、空高く舞い上がる人物や水辺を捉えています。 作家が過去に取り組んできた、スーパーヒーロー/ヒロインを描いたシリーズにも見られる空を飛ぶ人物は、画面に浮遊感とダイナミックな緊張感を与え、無重力と重力、自由と束縛の間をさまよいながら、同時に、遊び心に満ちた空気を纏わせます。

Dancers Around the Fire 2024 acrylic on canvas 101.9 x 76.4 cm
Dancers Around the Fire 2024 acrylic on canvas 101.9 x 76.4 cm

プール、川、海といった水辺は、作家が繰り返し選んできた素材であるアクリル絵具を巧みに用いることで、独特の透明感をもって描かれています。この手法によりブラッドフォードの絵画には、主題の儚さや曖昧さを映し出すような流動性が生まれます。

このように表現と媒体の複雑な相互作用は、ブラッドフォード作品の重要な要素であり、水辺の描写にとどまらず、彼女の絵画に対するアプローチ全体に及んでいます。

彼女は自身の制作プロセスについて次のように述べています。

「私は観察に基づいて絵を描くわけではありません。私の描く人間は、その素材である絵具と密接な関係を持っています。これらは創作されたものなのです。」(CANADAウェブサイトより)

こうした視点は、作家の表現のルーツである抽象的で筆致を重視するペインティングとも密接に関わっており、作品における人物や環境は、絵具そのものの物質性と切り離せないものとして扱われます。ブラッドフォードの制作は具象表現の限界を再考し、その作品は、描かれた世界だけでなく、制作行為そのものへも言及していると言えるでしょう。

またブラッドフォードの作品には、18世紀のニューイングランドに由来する、ジョージアン様式の家屋も登場します。太い煙突と整然と並ぶ窓が特徴的なこの家屋は、幽霊のように浮遊感を帯びています。これらの作品は、ヌードの女性像と家のような建築物が融合し、女性らしさや家庭生活の概念に疑問を投げかけるルイーズ・ブルジョワの「Femme Maison」シリーズとの共鳴も指摘されてきました。ブラッドフォードはこれらのモチーフを通して、個性と社会的制約の関係性を探究すると共に、登場人物たちが不可解な方法で境界線を越えていく様子を、ユーモアと情緒とを織り交ぜながら描き出します。

【キャサリン・ブラッドフォードついて—アーティストになる熱意、自らのアイデンティティの獲得】

現在は大きな成功と名声を得たキャサリン・ブラッドフォードですが、3年前のインタビューにおいて、いまでも毎朝目覚める度に、自分がアーティストであることに驚き、感謝を覚えると言うほど、彼女にとってアーティストとなる道は困難なものでした。

ブラッドフォードは1942年ニューヨーク生まれ、現在ブルックリンを拠点に活動をしています。彼女が絵画制作を始めたのは30代の頃から。政治家の妻としての生活を変えてアーティストになりたいという渇望のもと、独学で男女の双子を育てながら抽象画などを描き始めました。

メーン州の知事選に立候補する話をしていた夫のために、家族でニューヨークから自然溢れるメーン州に移住しましたが、そこでキャサリンはヒッピー的なアーティスト達と出会い、自分もこうなりたいと強く思うようになったのです。彼女は現在の状況から逃避するべく、夫の政治家の友人達との集いにおいて、本当に窓から飛び出し、物置のアトリエに逃げ込んだという逸話があります。

離婚後ニューヨークに移住し、シングルマザーとして40歳になる頃にニューヨーク州立大学パーチェス校にて美術学修士号を取得。そのとき出会った同性のパートナーとは現在も関係を続けています。以後地道に制作活動を行いますが、60代の頃に描き始めた大きな海やボート、泳ぐ人、スーパーヒーローたちのイメージの作品が大きな評判を呼び、高い評価を受け、ようやくアート業界において広く認知されようになりました。

ポートランド市があるメーン州は、美しい海岸、深い森に恵まれ、海水浴やスキーを楽しむ人々が大勢訪れます。現在ブラッドフォードが毎夏滞在するこの地は、以前は離れたいと願ったものの、そこでの海のイメージや泳ぐ人のイメージが彼女の作品に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

また、キャサリンの祖父、兄は建築家であり、ビジュアル的な環境に恵まれていたにも関わらず、母はキャサリンのアートへの興味を封じ込めようとしました。母からの圧迫はキャサリンを苦しめ、作品のモチーフである泳ぐ人の中に、彼女の母親が滑稽な姿で描かれていると見る人もいます。

当時の時代性においても、キャサリンがアーティストとなること、安定した政治家の妻の地位を捨てること、同性のパートナーを得ることは現代よりもより困難なことだったでしょう。自らの力でアイデンティティを獲得し、築き上げたキャサリン・ブラッドフォード。幼少期、母が急に環境を変えアーティストとしての生活を送ることに困惑していたという双子の子供達も、今では母のアートに誇りを覚え、そのことに彼女もとても喜びを感じています。

本展は、キャサリン・ブラッドフォードの作家としての変遷や独創的な制作へのアプローチ、そして彼女が描く、観る人の感情を喚起させる絵画の世界を、日本でご覧いただける貴重な機会です。ブラッドフォードが紡ぐ水の街の上空を飛ぶような軽やかな感覚を、作品を通してぜひ体験してみてください。

 

■キャサリン・ブラッドフォード「水の街を飛んでいく」

会期:2024年12月27日(金)ー2025年2月1日(土)

開廊時間:11:00 - 18:00

休廊日:日、月曜、祝日  

入場無料

場所:小山登美夫ギャラリー六本木

東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F

Tel. 03-6434-7225

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