新しい公共性や未来の都市のあり方について考える機会を提示してくれる「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」

遠藤 友香2021/09/05(日) - 18:18 に投稿
WEB媒体用_7. 隈研吾×Takram

米「TIME」誌にて、「2019年世界で訪れるべき最も素晴らしい場所100選」に選ばれた《V&A ダンディー》や《国立競技場》の設計に参画するなど、現代日本を代表する建築家のひとりである隈研吾氏。1964年の東京オリンピック時に見た丹下健三氏の国立屋内総合競技場に衝撃を受け、幼少期より建築家を志しました。その後、東京大学建築学科大学院を修了し、コロンビア大学客員研究員を経て、1990年に隈研吾建築都市設計事務所を設立。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールの優しく、やわらかなデザインを提案。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求しています。これまで20か国を超す国々で建築を設計し、日本建築学会賞、毎日芸術賞、芸術選奨文部科学大臣賞、国際木の建築賞(フィンランド)、国際石の建築賞(イタリア)等、多数受賞しています。


WEB媒体用_9. 隈研吾ポートレート
そんな隈氏の建築家としての大規模な個展「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」が、2021年9月26日(日)まで、東京国立近代美術館(MOMAT)にて開催中です。本展では、世界各国に点在する隈作品の中から公共性の高い68件の建築を、隈氏が考える5原則「孔」「粒子」「斜め」「やわらかい」「時間」に分類し、建築模型や写真やモックアップ(部分の原寸模型)などにより紹介。その他、映像作品、前庭に展示されるトレーラーハウスを合わせ、合計74件で隈氏の世界を紹介します。章解説や作品解説はすべて隈氏本人によるもの。また、瀧本幹也氏や藤井光氏など第一線で活躍するアーティストによる映像作品で、隈建築をさまざまな観点から見られる空間のほか、360度VRなどの体感要素(体験には整理券が必要)、さらに、ネコの視点から都市での生活を見直すリサーチプロジェクト《東京計画2020(ニャンニャン) ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則》も発表します。コロナ禍というきわめて難しい時代の中で開催される本展は、新しい公共性や未来の都市のあり方について考える機会となることでしょう。

では、早速内容に関して、みていきましょう。

20世紀のコンクリートと鉄で作られた建築は、何か息が詰まるような感じがする―そう考える隈氏は、人間に優しい建築をつくることを目指しています。そのために彼がしていることのひとつが木を使うことですが、実際には、木を使うだけでは人間に優しい建築はできません。それにどうしても構造には鉄を使わなければならないこともあります。本展では、人間に優しい建築=人が集まる場所=新しい公共性が生まれるような場所をつくるために隈氏が用いている方法論を5つに分けて紹介します。なお、ひとつの建物は、当然ながら、「孔」と「粒子」と「斜め」といったように複数の方法論の組み合わせでできていますが、展覧会では便宜的に、ひとつの建物はあるひとつの方法論において紹介されることになります。
 

■孔
隈氏の建築では、「孔」が重要な要素となっています。たとえば《那珂川町馬頭広重美術館》では、建物にトンネルのような孔をあけることで、街と里山とがつながるようにしました。《V&A ダンディー》でも、日本の鳥居に着想を得て、街と川とをつなぐ孔をつくっています。また隈氏は、建物と建物との間に隙間としてできる空間も孔だと考えています。《アオーレ長岡》は、市庁舎棟とアリーナ(体育館)棟と市民協働センターの入った棟という3つの建物の間に、ナカドマという大きな吹き抜けの空間をつくっています。そこが市民の憩いの場になっているのは、それがどこかで、大きな洞窟のような印象を与えるからでしょう。隈氏は「ネコは孔を使って、ある場所へと抜けていく以上に、孔の中に身を隠すことを大事にしている。コロナ後の人間もまた、ハコによって守られるのではなく、孔によって守られる時代を迎えるだろう」と述べています。
 

■粒子
いわゆる公共建築は、ヒューマンスケールを超えた建物となり、威圧的になることがほとんどです。そこで隈氏が用いるのが「粒子」という方法論です。たとえば隈氏は、日本全国、どの製材所でも製造できる幅10.5cm程度の小径木と呼ばれる木をよく使います。小さな径の木であったとしても、それをきちんと組み合わせていけば大きな荷重を支えることができるのです。と同時に、建物をヒューマンスケールにすることができます。このように、建築を小さな単位=粒子の集合体として捉えることで、隈氏は、建築とその中におかれる様々なモノとを同じレベルで考えることができるようになる、つまり人に優しい建築ができると考えています(ネコも、のっぺりした空間ではなくて、粒子状の肌理のある空間を好みます)。
 

■やわらかい
通常、建築は固いものと思われています。ですが、日本の伝統的な建築の壁が、水で溶いた土を塗ったものだったりするように、やわらかい素材を使って建築をつくることも可能です。例えば隈氏は、《高輪ゲートウェイ駅》では、駅全体を覆う屋根の素材に膜を選びました。その結果、駅構内には自然光が満ちることになりました。


WEB媒体用_5. 高輪ゲートウェイ駅
もちろん膜を支える構造は必要ですが、隈氏はそれを、垂直・水平ではなく、斜めに組み合わせていくことで、屋根を、山や丘陵を思わせるものとしました。隈氏は、やわらかさを導入することで、建築を、人に優しい環境的なものへと近づけようとしているのです(ネコはかたくてつるつるしたものよりもやわらかくて触感のあるものを好みます)。
 

■斜め
軒下で雨宿りをすることができるように、下に向かう傾斜を持つ屋根は、「守る」印象を与えます。一方、寺社の山門などに見られるような上に向かう傾斜を持つ屋根は、「迎える」印象を与えます。隈氏は、こうした斜めを様々な形でその建築に取り入れることで、人に優しい建築をつくります。また、斜めとなるのは屋根だけではありません。壁も、また床も斜めになることがあります。2020年に竣工した《東京工業大学 Hisao & Hiroko Taki Plaza》では、屋根をステップ状にして地面からつなげています。また屋根上を庭園にすることで、周辺地域とスムーズにつながるようにしているのです(隈氏によれば、屋根や塀の上を自由に移動するネコは、「大いなる斜めの先達」です)。
 

■時間
隈氏における方法論としての「時間」はちょっと独特です。古くなった建物は、ボロくなることで、その物としてのあり方が弱くなりますが、隈氏は、「物を弱くすることで、公共空間が楽しくなり、公共空間が人間のものになる」と考えています。それゆえ彼は、古くなった建物を用途変更したりしながら再生させる、いわゆるリノベーションのときに、ピカピカにきれいにすることをせず、自転車の車輪を装飾に使ったり、経年変化しやすい木材を用いたりするなど、あえてボロさが出るようにすることがあるのです(ネコがボロい空間が大好きであることは、言うまでもありません)。

その他、先端技術を用いた体験展示として、高知県梼原にある6つの隈建築×瀧本幹也氏(+坂本龍一氏)の展示も。


WEB媒体用_2_YUSUHARA 瀧本幹也 映像作品
高知県梼原町は、愛媛県との県境にある町。そこには初期の《雲の上のホテル》にはじまり《梼原町総合庁舎》《まちの駅「ゆすはら」》《木橋ギャラリー》《雲の上の図書館(梼原町立図書館)》《YURURI ゆすはら》といった最近作まで、隈建築が6つもあります。


WEB媒体用_4. 雲の上の図書館
この町にある隈建築を、2019年の夏に写真家・映像作家の瀧本幹也氏が訪れ、ハイスピードカメラを用いて撮影。それをリアル4Kによる映像インスタレーションへと昇華させました。坂本氏の音楽とともに、日本の伝統的建築にインスパイアされた隈建築の造形美を堪能できます。その他、スコットランドにできた博物館《V&Aダンディー》×タイムラプス映像や、富山市民に人気の図書館・美術館・銀行の複合施設《TOYAMA キラリ》×360度VRの作品も鑑賞することができます(360度VRの体験には整理券が必要)。

その他、特筆すべきは「猫目線の東京計画2020」です。建築家の丹下氏が1964年の東京オリンピック開催前の1961年に発表した《東京計画1960》は、建築家による都市の未来への大胆な提案として、よく知られています。この伝説的な案への応答として、今回隈氏が発表するのが、《東京計画2020(ニャンニャン) ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則》です。


WEB媒体用_8. 隈研吾×Takram
日本を代表するデザイン・イノベーション・ファームである「Takram」との協働により、隈氏自身が住む神楽坂でネコの生態をリサーチ。そうして導き出されたのは、「テンテン」「ザラザラ」「シゲミ」「シルシ」「スキマ」「ノラミチ」という5656原則。これを、3DCGのアニメーションにより紹介し、「スキマ」のパートではちょっと変わったプロジェクション・マッピングも用いています。丹下氏の案に比べると脱力系とも見えるこのプロジェクトについて、隈氏は次のように述べています。

コロナ禍は、ハコが人間を少しも幸福にしないということを教えてくれた。今まではハコの中で働くことが効率的であり、合理的であり、最も安全であるとされてきた。しかし僕ら自身が、生命の危機に晒されて、ハコから飛び出して、文字通り、ハコから逃げ出さなければならなくなった。政治や経済のロジックを超えた生物の本能がそれを命じた。

では、逃げ出して、どこに行けばいいのだろうか。僕自身緊急事態宣言の中で、ハコを出て、歩き始めた。歩いてみると、街がまったく違うものに見えてきたのである。ハコの外に、こんなにも大きな可能性があり、多くのコト(情報)があることに、今まで気がつかなかっ
た。その僕の歩いた場所、歩くことのできた場所が公共空間である。ハコの外にあるのが、公共空間である。ハコを出て、公共空間について考えはじめた時に、僕はある動物と出会った。ある動物とはネコである。僕の住んでいる東京の中心の神楽坂には、たくさんのネコが住んでいた。そのネコは、ハコを出て歩き始めた僕の、大先輩であった。ネコの移動の仕方、その好きな空間、その生活の仕方から多くのことを学んだ。そうして動物の身になって都市を見直したことのひとつの成果が、このコーナーである。神楽坂のカフェにいた半ノラのネコ、トンちゃんとスンちゃんに僕らはインタビューを行い、5656原則は導き出された。誰かにエサをもらいながら―実際には複数の人間から―ハコを脱出して、都市を自由に生き抜いている半ノラはすでに、従来の公共空間対私的空間という、18世紀のジャンバッティスタ・ノッリ(1701‒56)が定めた分割を、自由に乗り越えている。その半ノラの生き方は、僕らに多くのヒントと勇気を与えてくれる。

世界はすでに、ハコに覆われていて、このハコをぶち壊すなど、とてもできそうになく思える。しかし、半ノラは、わずかの隙間を頼りにし、そこを自分たちのベースとすることで、そんなハコ世界の解体を試みているのである。ハコは、すぐに壊せるわけではない。そしてハコを即、壊す必要もないのである。ハコの隙間を生きる半ノラの方法こそ、僕らは学ぶべきである。それが《東京計画2020》であり、僕にとっての東京の今なのである。

新しい公共性や未来の都市のあり方について考える機会を提示してくれる本展に、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
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​​​​​開催概要
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■「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」
会 期:2021年6月18日(金)~9月26日(日)
*日時指定予約可
会 場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
時 間:10:00~17:00
*当面の間、金、土曜日は10:00~20:00
*入館はいずれの開館時間とも閉館30分前まで
休 館:月曜日
*9月20日は開館で、9月21日(火)に休館
問合せ:ハローダイヤル050-5541-8600
https://kumakengo2020.jp/

 

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