culture×nature→future
暮らしもアートもすべての源は自然にある。art×somethingの一つの試みとして、culture×natureをテーマに記事をお届けします。前編は「日本の色」と題して日本の伝統の色を巡る取り組みを、後編は「Where culture meets nature」展をご紹介します。
日本の伝統文化×自然史のハイブリッドな展示が問いかけるもの
日本各地の自然史系博物館が協力し、歴史的建造物を舞台に開催する展覧会「Where culture meets nature~日本文化を育んだ自然~」。これまで町家や酒蔵などで行われ、第3弾となる企画展「仏教と自然」が12月14日(金)から京都市の「龍岸寺」で始まります。日本文化×自然史のハイブリッドな展示が問いかけてくるものは?
歴史的建造物の趣ある空間と自然史標本の美しさが融合
展覧会を主催するのは、兵庫県立人と自然の博物館(ひとはく)など自然史博物館8館が集まる「自然史レガシー継承・発信実行委員会」。2016年11月に京都市指定の重要文化財である野口家住宅(花洛庵)で、2018年1月には国指定重要文化財の「旧岡田家住宅・酒蔵」等で開催され、日本の伝統的な建築空間と自然史標本のアッと驚く組み合わせが話題を呼びました。
例えば、京町家の坪庭超しに見えるツキノワグマのはく製や苔のライト(花洛庵)、酒蔵に鎮座するナガスクジラの骨格標本と日本酒「酔鯨」(旧岡田家住宅・酒蔵)など、現代アートかと思うようなユニークな展示手法で、日本文化を自然史科学の視点で捉え直す仕かけが満載でした。
来年、日本で初めて国際博物館会議(ICOM)が京都で開かれます。内外の注目が集まるこの機会に、日本の文化を支えているのは自然であるということを自然史博物館としてしっかり伝えたい。その一環として文化的背景のある町家や酒蔵に自然史博物館の資料を展示して、自然と文化の関わりを実感してもらおうと考えました
(プロジェクトリーダーである「ひとはく」主任研究員の三橋弘宗さん)
過去2回の展示をハイライトで振り返ってみると―
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有力武将が身に着けた陣羽織の謎解き
特に印象的だったのが、第1回の企画展で野口家住宅(花洛庵)に展示された当家伝来の「陣羽織」の謎解き。この陣羽織は約300年前の有力武将が着用していたとされ、背中に鳥の羽根でアゲハ蝶の模様が描かれています。「一体、何の鳥なのか」。当主から依頼されて、大阪大学の齋藤彰研究室の協力を得て、自然史系博物館が総力を挙げて調査。羽根のDNAを解析し、羽根の色が立体構造によって色が生まれる「構造色」であることに注目して分析を進めた結果、キジである可能性が高いことがわかりました。伝承ではクロヤマドリの羽根と言われてきましたが、今回初めて真実が明らかに。
会場には陣羽織とともに調査の対象となったキジなどのはく製が並べられ、背中のアゲハ蝶紋様にちなんで日本産全種の美しいアゲハ蝶標本が展示されました。自然史博物館ではく製や標本を見るときとは全く違う印象。陣羽織を自然史的な視点で見る面白さがあり、逆にはく製や標本を文化的な視点で捉えなおす楽しさがあります。
日本文化の背景には多様な自然があります。その度合いは西洋文化より圧倒的に高い。現代は自然と文化のつながりが希薄になり、そのことを感じにくくなっています。伝統的な建造物で日本文化と自然史標本を融合させることでリアルに実感できるのだと思います
(ひとはく・三橋さん)
多様な文化は、多様な自然に支えられている
前編で吉岡幸雄さんの「日本の色」を巡る取り組みをご紹介しましたが、人はそれぞれの地域の自然、風土に支えられて、独自の衣食住や言葉、宗教、アートなど多様な文化を育んできました。また、人の営みが田畑や里山などの環境を作り、人と自然は互いに影響を与え合いながら持続してきました。ところがこの100年の間に、自然と共生していた伝統的な生活スタイルが失われ、伝統文化の衰退が相互につながりあっていた生態系にも変化をもたらしています。
地球規模でみると、種の絶滅のスピードは、産業革命前と比べて100倍~1000倍。生物多様性については世界中でさまざまな対策がとられている一方、現在も損失は進んでいます。これと時を同じくするようにグローバル化によって地域の伝統文化や固有の言語が急速に失われています。
そこで自然と人の営み(文化)をひとつながりでとらえる「生物文化多様性」という考え方が出てきました。2010年の生物多様性条約締約国会議(COP10)を受けて、ユネスコと生物多様性条約事務局による「生物多様性と文化多様性をつなぐ共同プログラム」が発足しました。一昨年、日本で開かれた「第1回アジア生物文化多様性国際会議」の中で、生物多様性条約事務局長(当時)のブラウリオ・フェレイラ・デ・スーザ・ディアス氏は次のように語っています。
この共同プログラムは、多様性が地球の基本的な必須要素であり、生命の構成要素であり、しかも種や生態系、陸域、海域の景観の多様性は密接に関連し、人の生活、言語、信念、知識体系、社会構成に深く関わっていることを示しています。地球の生物、文化多様性は互いに緊密に関連しているだけでなく、分かちがたい関係にあります。ふたつは共に進化を遂げてきて、相互依存的かつ相互補強的な形で継続しています。つまり文化多様性の高い地域は、当然、生物多様性も高い地域なんです
(2016年10月に石川県七尾市で開かれた第1回アジア生物文化多様性国際会議より)
自然史的にみれば、38憶年の生物の歴史に対して、人類の歴史はわずか数100万年。生物の進化によって人類は誕生し、自然の恩恵をもとに発展してきました。なかでも日本は豊かな自然に恵まれ、自然と共生した循環型の社会を作ってきました。
持続可能な暮らしをしようと思ったら、これまでの伝統的な生活スタイルや文化はきわめて重要であり、私たちに多くのヒントを与えてくれます。文化のインフラは自然です。文化と自然の関係を見直すことが、持続可能で人の福利につながる次世代の社会をつくると思っています
(ひとはく・三橋さん)
渋川春海ゆかりのお寺で「仏教と自然」をテーマに開催
渋川が眺めた星空のプロジェクションマッピングも
自然史系博物館が仕かける「Where culture meets nature~日本文化を育んだ自然~」展のシリーズ第3弾は、日本の天文学の開祖、渋川春海ゆかりの京都・龍岸寺で、「仏教と自然」をテーマに繰り広げられます。
仏教の教えは、生物や自然界の仕組みと密接な関わりがあり、仏教の自然観は自然科学の原理と符合するところも多い。人が自然と共生して暮らしていくうえでも大切な視点をもたらしてくれます。会場の龍岸寺は、映画『天地明察』の主人公にもなった日本の天文学の開祖、渋川春海がいたお寺。自然科学とも深く関わっています
(ひとはく・三橋さん)
主な見どころを紹介すると―。
渋川春海が元禄10年(1697)に日本で初めて作った紙張子製天球儀(重要文化財、国立科学博物館所蔵)の「ダジックアース(球形のスクリーンに投影)」を展示。渋川が見ていた星空のプロジェクションマッピングも行われます。渋川が作った日本独自の星座に登場する意外な生き物たちも一堂に。
また釈迦が悟りを開いた菩提樹をはじめ、仏像や線香に用いられる植物など仏教にゆかりの深い植物を展示。仏教の教えに身近な動物たちがどう取り上げられているかの解説とともにその標本も展示されます。
自然史系博物館ならではの展示として、動物の系統樹曼荼羅もお目見え。単細胞生物から人間までの長い動物進化の歴史が曼荼羅と標本で表現されます。
渋川春海ゆかりの歴史ある龍岸寺の空間から仏教、生命、宇宙へと想像が広がりそうです。もともとお寺は地域コミュニティーの中心であり、読み書きそろばんを教える学校の役割も果たしていました。今回は展示にからめて関連セミナーも多数行われます。普段は聞くことができない面白いテーマばかり。ひとはくのwebサイトから申し込みができます。
◯インフォメーション
「Where culture meets nature~日本文化を育んだ自然~」
企画展「仏教と自然」
会 期:12月14日(金)~12月24日(月・祝)
会 場:浄土宗龍岸寺(京都市下京区塩小路通大宮東入八条坊門町564)
時 間:10:00~18:00
*入場は17:30まで
*最終日は16:00まで
料 金:無料
URL:http://www.hitohaku.jp/infomation/event/legacy-kyoto2018.html
主 催:自然史レガシー継承・発信実行委員会(北海道博物館、栃木県立博物館、国立科学博物館、三重県総合博物館、伊丹市昆虫館、大阪市立自然史博物館、北九州市立自然史・歴史博物館、事務局:兵庫県立人と自然の博物館の計8館)
「仏教と自然」をテーマに、「渋川春海が見た宇宙」「星座になった生き物」「仏教にゆかりの深い植物」「仏典に登場する動物」「動物の系統樹曼荼羅」の5つの展示で構成。渋川が作った日本最古の天球儀のプロジェクションマッピングをはじめ、仏教ゆかりの動植物や祭礼で利用される自然由来のものなどが展示されます。
画像提供:兵庫県立人と自然の博物館
参考・引用資料:第1回アジア生物文化多様性国際会議記録誌