筆者が、アマチュア風景写真家として活動していた、少々前の話になります。
夜景の撮影に熱中していた一時期、肝試しを趣味にする人たちのことを知って、ふと「心霊スポットの夜景を撮るのも一興ではないか」と思いつきました。そこで、その手の書籍や雑誌を何冊も読んで、心霊スポットの場所をリストアップし、5年かけて200か所近く、そういった場所を回りました。深夜にブランコがひとりでに揺れるという東京の谷中霊園から、貴族の令嬢の霊が出るロンドン郊外の古びた館に至るまで、様々な場所に出かけては写真におさめたものです。
ハワイの忘れ去られたような墓地や、北海道の人里離れたホテルの廃墟といった「知る人ぞ知る場所」は、それ自体が幻想的な絵になります。これにくわえて、幽霊が写ってくれたら、前衛的なアートして一級品になるかも、とひそかに期待しました。
しかし心霊写真は1枚も撮れず、写真熱も冷めてしまい、それっきりになってしまいました。
さて…世の中は広いもので、自分に似た考えで写真を撮り続けるアーティストが何人もいます。さすがに心霊写真を狙う酔狂な人は稀ですが、「怖い写真」というコンセプトで、コンテンポラリーアートとして成立させることに成功した写真家もいます。
今回は、そういった写真家の中から、筆者がえりすぐった人を紹介します。
サイモン・マースデン (Simon Marsden, 1948~2012)
イギリス生まれで爵位を持っていたマースデンは、主にヨーロッパの古城や廃墟のモノクロ写真を撮り続けた、この種の分野では第一人者です。撮影には、赤外線フィルムを使うという独特の手法を用いました。
惜しくも2012年に63歳で亡くなりしたが、それまでに多くの作品を残し、一部はヴィクトリア・アンド・アルバート美術館などに所蔵されています。
彼は終生、幽霊の出るような―というより、実際に幽霊が目撃された場所やおどろおどろしい歴史のある場所に惹かれました。捉えられたモノクロの被写体は、幽霊こそ写っていませんが、その場所にまつわる忌まわしい歴史でむせ返りそうな雰囲気をたたえています。でありながら美しく、いつまでもながめていたくなる魔力も放っています。
この写真が撮られた、イングランドの港町ウィットビーは、ウィットビー修道院の建立とともに始まったと言っても過言ではありません。はるか昔、7世紀のことです。初代修道院は13世紀ごろに取り壊され、新たな修道院が立ちました。この修道院も16世紀には廃院となって朽ちるに任され、今は廃墟となっています。
この廃墟では昔から、死衣に包まれた聖人ヒルダの幽霊が目撃され、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』のモチーフにもなったと言われています。他に若い尼僧の霊も出るそうですが、そういった説明をしなくとも、写真自体がこの世のものではない者の存在を、十二分にほのめかしています。
ジャン・コクトーの映画『美女と野獣』(1946)のロケ地として使われた場所が、マースデンの手にかかると、ダークファンタジーの世界へと一変します。近くの森では、17世紀に生きた子供の霊がさまよいます。この子供は、シャトー・ド・ラレーのとある侍女の息子でした。悲劇に見舞われて錯乱した侍女が森の中で首を吊ったのですが、子供は幽霊となって今も母親を探しているのでしょうか。
マースデンは、生前に何冊もの写真集を出版しています。このうちの2冊は、『幽霊城』、『悪霊館』のタイトルで、河出書房新社から翻訳刊行されています。マースデンの世界に浸るには、うってつけの作品集です。
さらに、マースデンの公式サイトThe Marsden Archiveでは、彼が生前撮影した写真が多数収録されています。プリント販売も行っていますので、ぜひお気に入りの一葉を飾ってはいかがでしょうか。
The Marsden Archive
http://www.marsdenarchive.com/
ジョシュア・ホフィン (Joshua Hoffine)
ミズーリ州に住むフリーランスの写真家であるJ・ホフィンは、家族をモデルにして、怖いながらも、ユーモアセンスにあふれた「創作ホラー写真」を撮り続けてきました。こうした写真の撮影を始めたのは2003年のことですが、娘さんが写真に登場し始めた2008年にインターネット上で大ブレイクを果たし、今では地元のギャラリーで展示されるほどの高い評価を得ています。
ホフィンは、両親の影響もあって幼いころからホラー映画に親しみ、エドガー・アラン・ポー、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、スティーブン・キングの小説を読みふけったそうです。ホラー写真家になったのも、必然と言えるかもしれまん。
「かよわい子供の視点を写真として表現するよう心がけており、(残酷表現よりも)危険にさらされた状況を描写」することにフォーカスを当て、「ホラー写真とは、恐怖心をアートという形式に仕立てたもの」というのが、彼独自の写真哲学です。
ホフィンは先日、クラウドファンディングのKickstarterにて、自身の作品集を出版するための資金を募りました。目標額をはるかに上回る47,233ドルを集め、ただいまDark Regions Pressにて先行注文を受けています。
Joshua Hoffine公式サイト
http://www.joshuahoffine.com/
Joshua Hoffine Horror Photography (PREORDER) - Dark Regions Press
http://www.darkregions.com/books/new-releases/joshua-hoffine-horror-photography
アレックス・ストッダード (Alex Stoddard)
ストッダードは、1993年生まれの若手の俊英で、ロサンゼルスを拠点に写真家として活動をしています。ホラー的な感覚よりも、夢の中の1画面を切り取ったかのような、超現実的な印象に重きをおいた写真を撮っています。
彼は物心がついた頃からアートに目覚め、当初は絵画に手をつけました。しかし、16歳になった時に写真の持つ可能性に気づき、写真家としての道を歩み始めます。写真のモチーフは、頭の中で考えることが主ですが、他の形態のアート作品や嗜好の似た写真家の作品からインスピレーションを得ることもあります。
ストッダードは、自身の作品の中で一番のお気に入りは、「The Queen's Sentinels(女王の見張り役)」(上の画像)だと言います。「とてもナラティブで、ドラマチックでダークな雰囲気が凝縮」されており、日ごろから表現したいエッセンスが盛り込まれているのが、その理由だそうです。
彼の作品は、既に大手のレコード会社のCDジャケットやトヨタの広告などに採用され、権威あるファイー・クライン・ギャラリーでも展示されるなど、若くして名声を確立しつつあります。
Alex Stoddard
https://alexstoddard.format.com/
クリストファー・マッキニー (Christopher McKenney)
マッキニーは、ペンシルベニア州在住の写真家であること以外は、プロフィールを明らかにしておらず、初めてカメラを買った動機も「単にそれで遊んでみたかった」と、さらりとはぐらかすように答える、謎めいたタイプの人物です。
最初は長時間露光でいろいろな写真を撮ったのち、シュールなホラー写真の才能に覚醒します。
作風は、ホラー映画に出てくるような死霊を想起させるものが多く、いずれも被写体の顔を見せないことで、怖さを倍加させることに成功しています。猟奇性はなく、奇妙な静謐さを醸し出しているのが、共通しています。
彼は「アイデンティティー(身元・正体)が嫌いだ」と言います。素性が分からないほうが、ずっと興味をそそるとのことで、これが作風に大きな影響を与えています。
また彼は、ペンシルベニア州郊外の人煙まれな林地、湖畔、雪道といったロケーションを好み、これが作品の寂寥感をいやがうえにも増す効果を与えています。作品のほとんどは「自分のために撮る」と話す、孤高の写真家の今後の活躍が期待されます。
Christopher McKenney
http://christophermckenneyphotos.bigcartel.com/
ソニア・ソベラッツ (Sonia Soberats)
ニューヨーク市クイーンズ区に住むソベラッツは、緑内障で両眼の視力を失った後の2001年に写真の勉強を始め、知人や家族を被写体にモノクロやカラーの写真を撮り続けました。
作品のテーマは、結婚や妊娠など人生の中でも喜びに満ちたひとときが多いのですが、見る者に畏怖の念を起こさずにはいられない、シュールなできばえなのがほとんどです。
彼女は、公園を散歩しながら、鳥のさえずりを聞き、草花のにおいを楽しんでいる時に、写真の着想を得るそうです。どんな写真を撮りたいかが決まったら、写真工房に行き、(自分の目となってくれる)アシスタントの協力のもと、作業に着手します。このとき自分の手でモデルに触れ、姿形を把握します。髪の色など、目が見えないとわからない点については「あなたの髪はブロンド?あるいは黒?」というふうに質問します。
撮影は、数分から1時間の長時間露光で行われ、露光の間に(懐中電灯からクリスマスツリー用の豆電球まで)様々な光源を使います。撮影の間は部屋の中を歩き回り、アシスタントを通じて必要な情報を集め、指示を出します。彼女は脊柱管狭窄症を患っており、しじゅうその痛みに悩まされているのですが、撮影時だけは没頭してその痛みを忘れられるとのことです。
こうして出来た作品は、美しさと不気味さは時には表裏一体の近しい関係になることを、我々に思い起こさせてくれるものばかりです。
80歳近くという高齢でありながら、視力に障害をかかえた写真家たちとともに、世界各地で展覧会を開くなど、その精力的な活動から目が離せません。
Sonia Soberats | Flickr
https://www.flickr.com/photos/seeingwithphotography/sets/72157613355579108/