「PAUL SMITH」と私の出会いは10年以上も昔の話になります。
私の育った長野県松本市は、全国のどこにでもあるような地方都市の一つです。城下町や民芸で少しは名の通った街ですが、市街地を離れるとファスト風土化とも言える、画一化されたロードサイド風景が広がります。服を買うならイオンやしまむら、またはユニクロのような量販店が当たり前でした。当時はインターネットで洋服を買うことも一般的ではなく、洋服を買う環境は限られていました。しかし、そんな街にも「PAUL SMITH」の店舗はありました。
当時は洋服のことを何も知らない私でしたが、「PAUL SMITH」の名前くらいは聞いたことがありました。カラフルなストライプ柄のシャツに憧れ、初めて買いに行った時の緊張と、袖を通した時のワクワクは一生忘れないでしょう。
「PAUL SMITH」の服は「ひねりの効いたクラシック」と評されます。フォーマルにも、カジュアルに合わせることも出来る彼の服に、まさにぴったりな表現であると今になって思います。
今回、「ポール・スミス展 HELLO, MY NAME IS PAUL SMITH」を観に行くにあたり、久々に当時の記憶を思い返してしまいました。
それでは、展示の内容をご紹介させていただきます。
ポップでキャッチーな展覧会
「PAUL SMITH 」の洋服の一番の特徴は、ポップさと見た目の分かりやすさにあると思います。今回の展覧会はまさにその世界観が溢れているように感じられました。 洋服のことを知らない人が見ても「PAUL SMITH」の洋服に心が踊るように、洋服や、アートの知識が無くても「PAUL SMITH」というブランドの面白さが伝わる内容となっています。「PAUL SMITH」の洋服が生まれるまで
展示の大きな流れは、彼が洋服を作る順序に従って内容が構成されているように感じられました。 それでは、興味深かった作品や空間を理由と共にご紹介します。 まず、一つ目は、彼がこれまで収集したアート作品を、壁一面にびっしりと展示している部屋になります。「10代の頃からアート作品を集めている」とのことで、自身で購入したものからプレゼントされたものまであります。有名なアーティストの作品もあれば、無名なアーティストのものまでコレクションしており、作家、作風問わず、彼の独自の審美眼に基づくキュレーションや編集力には非常に驚かされます。 洋服を作る為には、素材、デザインやバランス、そして装飾品などを無数の選択肢の中から取捨選択していきます。ポール・スミスはこの過程において非常に優れたデザイナーだと思います。このアート作品のコレクションを見てその源泉に触れたような気がしました。 二つ目は、ポール・スミスのオフィスです。 彼のオフィスには書籍もあれば、彫刻やおもちゃ、地球儀、和ダンス、一見何か分からないようなモノまで多くのものが置かれています。彼が「ここにあるもの全てがインスピレーションとなる」と話すように、ここには彼のデザインソースとなるものが所狭しと集められています。 「気になる壁のテクスチャーを見たら、その質感をどう服に落とし込むかを考える」と言うように、目につくもの、触れるものの中で、彼の美のセンサーに触れるものはデザインに置き換えられて行きます。ここはそのスタートとなる場です。 このオフィスを見る際は、自分なら「これを使って洋服をデザインしてみたいな」と、考えて見るのも面白いかもしれません。 三つ目は「PAUL SMITH」のデザインスタジオの風景です。 ここは、彼のインスピレーションを洋服という形に置き換えて行くための場所です。天井には洋服の型紙、机上には色見本や布・革見本など様々な素材や資料が置いてあります。ここで働く様々なスタッフが、それらを駆使し、工夫や実験を通じて洋服にして行く場所です。 色が大切だと言うように、カラフルな素材が散りばめられています。どんな素材が、どんな色が、どんな資料があるのか注目して見るのが面白いと思います。細かく見れば見るほど様々な発見もあり、想像が広がる場所です。 デザインスタジオで日々働く方の気持ちを少しでも体験していただける良い機会になります。 最後のおすすめは、世界各国にある「PAUL SMITH」の直営店の写真とテクスチャーの展示です。 「PAUL SMITH」の直営店は、それぞれの地域に応じて店舗内の装飾やファニチャーなどが作り込まれているそうです。なかなか見ることが出来ない、ましてや訪れることの出来ない、世界各国に点在する直営店を見比べることが出来る貴重な空間です。 旅好きな彼が、訪れた場所で得たインスピレーションが、その地域の店舗に反映されているのでしょう。 様々な国の店舗を見比べて、様々な地域に思いを馳せて見ていただくと面白いと思います。 他にも作品はたくさんありますが、私が面白いと思った4つのおすすめの展示をご紹介しました。 今回の展示は、服に詳しくない方や、これまで美術館に足を運んだことが少ない方など、誰でも十分楽しめる内容になっていると思います。「ひねりの効いたクラシック」そのルーツを辿る
「PAUL SMITH」が世界中で愛される理由は、誰にも分かりやすいデザインにあると思います。シャツやジャケットなど、一つ一つは非常にベーシックで使いやすいアイテムです。しかし、プリントや色の使い方など随所に「PAUL SMITH」らしさがあります。彼が服を通じて表現したい物を、素材や柄、色など様々な要素をミックスし、編集して服に落とし込みます。この編集力が非常に優れているためベーシックなアイテムでも個性ある、おしゃれなアイテムに見えるのではないでしょうか。 それでは、ポール・スミスの編集力の高さがどこからきたのか。彼のルーツを辿りながら紹介したいと思います。 まず、彼は学校でファッションを専門的に学んではいません。彼のキャリアは販売員からスタートしており、「販売員として培った経験が非常に良かった」と彼は語っています。 この現場で培った経験を元に様々なデザインソースやアイディアをミックスし、他にはない世界観を作り上げているのでしょう。 また、ブランドを立ち上げた当初、専門的な知識と資金の不足という問題を抱えていました。そのため彼のクリエイションは、服の形を崩したり、0から洋服を作る代わりに、ボタンホールの色や代名詞とも言える花柄の裏地など、知識や資金の必要の無い範囲で元からある形に素材や色、柄をミックスしていくことからスタートしたのです。 販売員として培った経験と、ブランド立ち上げ当初の知識や資金の不足を補う為の創意工夫が「PAUL SMITH」を世界的なブランドに成長させるきっかけになったのでしょう。 今回の展示では、彼のスタートとなった店舗のレプリカと、初めての展示会の様子を再現した展示もあります。 「PAUL SMITH」というブランド初期の背景も踏まえ、見ると少し違ったモノが見えるかもしれません。 もう一つ彼のルーツに繋がるお話を紹介したいと思います。 1960年代のロンドンで彼はクラブなどの場で様々なカルチャーやセンスに触れていました。 当時クラブには、インテリアに多用されていたベルベット素材で仕立てたジャケットや、民族柄の洋服、時にはカーテンをスーツに仕立て着こなす人もおり、非常に自由な発想の着こなしが多かったと語っています。 この60年代を様々にミックスし、他にはない着こなしを楽しむ環境に触れていたことが彼の編集力やミックスの高さに影響を及ぼしたのではないでしょうか。 彼はインタビューで「今のようにインターネットで情報収集も出来なかった。ファッションで言えば素材も限られていた。その中で皆が新しいものを生み出した。いろいろ制約がある方がクリエーティブになれると思う。カーテンでスーツを作ったり、婦人用ドレスの生地でシャツを生み出したのが60年代のデザイナーだった。」と応えています。 制約のある中でモノを作り、既にあるものを別のものへお置き換え、再編集することで新しい価値を生み出す環境があったことが彼の編集力の高さに大きな影響を及ぼしているでしょう。ハイセンスな編集は誰もが楽しめる
誰もが楽しめるが「PAUL SMITH」の洋服の特徴だと思います。 シャツ、ジャケット、パンツというようにアイテムを大きくひねったものは少ないですが、色や柄、素材で他にはない洋服を生み出しています。高い編集力から生まれる「ひねりの効いたクラシック」は洋服に抵抗がある、おしゃれをしたいけど、どんな洋服を着たらいいのか分からない、という方にもおすすめしたい洋服です。洋服への興味を持つ最初の1歩になるブランドとして、これからも世界中の方に愛されるのではないでしょうか。 今回の展示を見るにあたり、10年前の思い出が蘇ったのは私自身がそんな思いをしていたからだと思います。 皆様も、ポップでキャッチーで遊び心ある展示を見ながら、彼のクリエイションに思いを馳せて、想像しながら見に行ってはいかがでしょうか。 その際はぜひ、いつもよりおしゃれをして行くとより一層楽しめると思いますよ。特に色が鮮やかなので、明るい色の洋服を合わせるとより一層会場にもとけ込めると思います。 「ポール・スミス展 HELLO, MY NAME IS PAUL SMITH」 フォトスライド 「ポール・スミス展 HELLO, MY NAME IS PAUL SMITH」 http://paulsmith2016.jp/ 東京会場 期間:7月27日(水)〜8月23日(火) 会場:上野の森美術館 名古屋会場 期間:9月11日(日)〜10月16日(日) 会場:松坂屋美術館 ※本文章は京都会場、東京会場を元に構成されております。 参考 1.「high fashion DESIGNER INTERVIEW」 文化出版局 2012/7/30 2. 「VISIONARIES ファッションデザイナーたちの哲学」 Susannah Frankel 2005/12/1 3."サー・ポール・スミスはなぜアートを愛するのか? 4. ポール・スミス展覧会 本人が語るクリエーションの秘密旧wordpress.posts.ID
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