連載「表現の不自由時代」では、アーティストの活動や軌跡、「表現の自由」が侵された事例などをインタビュー形式でお伝えします。
本連載を通じて、「表現の自由」について考え、議論するきっかけが生まれ、より健全かつ自由な表現活動が出来る社会になることを期待しています。
表現の不自由時代 バックナンバー
第一回 ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト 岡本光博
第二回 なぜ女性器だけタブーなのか? 権力による規制に、アートの力で笑いながら疑問を投げかける ろくでなし子
第三回 エロや政治的表現で度々抗議を受けている会田誠。美術業界は自由?
第四回 広島上空でピカッ、岡本太郎作品に原発事故付け足したチンポム 卯城竜太。人間の存在自体が自由なもの
第二回 なぜ女性器だけタブーなのか? 権力による規制に、アートの力で笑いながら疑問を投げかけるアーティスト ろくでなし子
鈴木:ろくでなし子さんが漫画などのアート活動を始めたきっかけを教えてください。
ろくでなし子:小さい頃は教科書にイタズラ書きをするのが好きな程度で、別に漫画家になろうとは思ってなかったんですよ。大学で文学部哲学科に入ったり、卒業後はデザインの専門学校とかにも行ったりしたんですけど、ものにならなくて。
「自分には何の才能もないから結婚でもしようかな」くらいに考えてたときに、当時つきあってた人に勧められて自分が描いたものを漫画雑誌に持ち込んでみたんです。賞金とかもらえたらラッキーかな、くらいのノリで。
そのとき対応してくれた編集者さんがいい人で、「もうちょっと頑張ったらできるよ」みたいに背中を押してくれたんです。そこから漫画の仕事が楽しくなって、本気で漫画家になろうと思うようになりましたね。それが24歳ぐらい。
私の漫画はストーリーものではなくて体験ものがメインで、性的体験談とかを描いてたんです。ハプニングバーに行ってきました、みたいな。
でも、セックスに関わる話はたくさんあるのに、女性器っていうか「まんこ」について描いてる人がいないって、ふと気づいて。仕事も欲しいし、空いてるんだったら「まんこといったらこの人」みたいな枠を目指そうって思うようになったんです。
なぜ女性器だけタブー?素朴な疑問から「デコまん」制作に至るまで
ろくでなし子:漫画でも、「まんこ」とか「ちんこ」とかに伏せ字を付けるのがあたり前って編集からも言われてて、それを鵜呑みにして「ま〇こ」とか書いてたんですけど、なんで伏せ字にするんだろうって、だんだん疑問に感じてきたんですね。
そんなときに、性器の整形手術の体験漫画を描いたんですけど、その続編でネタが尽きてしまって。それなら自分のまんこの型でも取ろうかなって思いついたんです。ただ型を取るだけだと面白くないから、ギャルが携帯にキラキラしたパーツとかを付けてデコ電にしてたじゃないですか。あんな感じでデコってみたので、「デコまん」って呼ぶようになりました。
笑い飛ばしてくれるかと思ったら……ネットで受けた誹謗中傷
鈴木:デコまんがネット上を中心に誹謗中傷を受けるようになったということですが、その経緯を教えてください。
ろくでなし子:デコまんを作った漫画は出来上がったんですけど、せっかくなのでそのあとも飲み屋とかに持っていって、友だちに「これ、なーんだ」って見せてたんです。色とか塗ってあるからみんなわからなくて、「それ、私のまんこ」って言うと、わーっと盛り上がるんです。
それが面白くてネタとしていつも持ち歩いてたら、知り合いのライターさんが面白がってくれて、ネットにインタビュー記事を載せてくれたんですよ。そしたら当時の2ちゃんねるの人たちからすごい誹謗中傷を受けたんです。
デコまんって、別に見た目はそんなに卑わいじゃないっていうか、ジオラマが乗っていたりいやらしいものではないのに、素材にまんこを使ったものだっていうだけでものすごい叩かれるんです。
なんか、日本人のまんこ観みたいなのが歪んでるなっていうか。彼らにとっては私のほうが異常なんでしょうけど、私からしたら彼らの反応のほうがおかしいと感じて、それをきっかけに本格的に活動するようになりました。
鈴木:ネットでの反応は、ある程度予想していたのでしょうか。
ろくでなし子:私が世間知らずすぎるんでしょうね。宣伝になるならいいや、くらいにしか思ってなかったです。
周りの友だちも笑い飛ばして終わる子たちばっかりで、私はそんなに叩かれるようなものを作ってしまったのかなって。
男性が自分の体を使って卑わいに表現することは割とおおらかに認められているのに、女性が自分の体で何か表現したときに対する、日本人の負の感情をすごく異様に思うようになりました。
3Dデータ配付での逮捕
鈴木:2014年7月12日、クラウドファンディングのリターンとして自身の女性器の3Dプリンタ用データを配ったことで、わいせつ物頒布等の罪の疑いで逮捕されます。あの時は通報があったのでしょうか。
ろくでなし子:警察って、3Dプリンタみたいな新しい技術ができるとすぐ規制するじゃないですか。私の前には3Dプリンタで拳銃を作って捕まった人がいたんですけど、たぶん「次はわいせつで逮捕しよう」って思ったんじゃないですかね。
当時、おじさんの読む週刊誌で女性器特集っていうのをよくやってたんです。おじさんたちってネットをあまり知らないじゃないですか。ググれば女性器の画像が出てくることも知らないので、「ネットで調べれば女性器がこんなに見れるんだ!すごい!」みたいなことを特集してて(笑)。
その流れでよく呼ばれて、私としては自分のアート作品が広まるんだったらいいかなっていう感じでインタビューに答えてたんですね。
たぶんそれが警察の目に留まって、ろくでなし子っていう名前だし、何の後ろ盾もないフリーランスだから、こいつを逮捕したら早々に片が付くんじゃないかって警察は思ったのかなって。
「インターネットを知らない人」による取り調べ
鈴木:それである日突然、家に警察がやってきたということですよね。3Dデータをわいせつ物として扱った初の事案ということですが、法整備の追い付いていない中での取り調べはどのような感じでしたか。
ろくでなし子:警察もすごい適当に逮捕していて、私が「ネットでわいせつなデータを配ってる」くらいしか認識してなかったんです。
ボートを作るためにクラウドファンディングをして、そのリターンとして自分の女性器をスキャンした3Dデータを送ったっていうことすらも把握してなかったんですよ。そのぐらい適当に私を捕まえたんですよね。
クラウドファンディング自体も全く知らなかったみたいで、わたしはCAMPFIREのクラウドファンドを利用したのに、警察の調書に「サイト名『クラウドファンド』」って書かれたり(笑)。
雑誌で女性器特集を読んでいたおじさんも、刑事や弁護士もそうですけど、ネットを知ってる年代と知らない年代、はっきり分かれてる人たちが共存してる感じで、すごく変な時代だなって思います。
国家権力が真剣になっているおかしさ
鈴木:徹底的に「まんこ」という言葉を国家権力に言わせようとすることも、ろくでなし子さんにとってのテーマになってきたのですか。
ろくでなし子:それは意識していましたね。もともと漫画家なので、逮捕されたときから、「この経験を漫画にできるな」と半分ワクワクしてました。震えながらも、何が次起きるかな、みたいな感じですごく楽しくて。
しかも、警察という権威が真剣になってるのが「まんこ」っていうことがものすごいおかしくて不思議な体験でしたね。
取り調べ時、刑事は被疑者に調書の内容を確認するのが義務付けられているので、刑事は仕方なく調書を朗読するんですが、結構楽しかったですよ。
最初は「女性器って言い換えていいかな」とか言うから私が「だめです!」って言ったら「ま、ま、まんこ」みたいな感じで恥ずかしがってるんですけど、だんだん刑事もまんこに慣れてきて(笑)。
保釈と再逮捕
鈴木:その後、準抗告が認められて釈放されましたが、同年12月に二度目の逮捕となります。どういった経緯か教えてください。
ろくでなし子:釈放されてから、弁護団は「まあ、こんなことで再逮捕はないんじゃない?」みたいな雰囲気だったんですけど、私が逮捕の顛末を漫画で描いたりとか結構おちょくってたんですよね。
それが警察のプライドを傷つけたんじゃないかな。今度はデコまんを展示してた罪をくっつけて再逮捕されました。
このときは、デコまんをバイト先のアダルトショップに展示してたっていう罪で、バイト先のオーナーでフェミニストの北原みのりさんも逮捕されちゃったんです。そういう風に共犯者を付けられると留置が長引くんですよ。
私は最後まで罪を認めなかったので、期間最長の23日間勾留され、結局起訴されましたが逃げも隠れもしないっていうことで保釈金を払って釈放されました。
知名度の上昇
鈴木:2015年4月の初公判では、15枚の傍聴券に対して200人が並ぶほど注目度が高かったようですね。
ろくでなし子:そうですかね。もっと来てくれないかな、くらいに思ってました(笑)。たしかに、わいせつ案件でそんなに来るのは珍しいと弁護団は言ってましたけど。
鈴木:タレントとかアーティストとか、著名人でも声を上げてくれてた人たちがいますよね。
ろくでなし子:作家でタレントの岩井志麻子先生は、週刊誌の対談で初めてお会いしたその場で、「先生のデコまん、取らせてください」って言ったら取らせていただけたんです。
けど、その数日後に私が逮捕されたので、テレビ番組で「実は私のまんこも押収されたらしい。私はさげまんだから、警察に良くない事が起こる!私のまんこを返せ!」と言ってくださいましたね(笑)。
鈴木:伊集院光さんや茂木健一郎さんも、判決に対してコメントを出していたようですが。
ろくでなし子:たぶんTwitterとかでいろいろ言ってくださったと思うんですけど、私はそのとき塀の中にいたのでちょっとわからなくて。
鈴木:誹謗中傷などもありましたか。
ろくでなし子:誹謗中傷はいまでもありますけど、それ以上に応援してくれる人が増えて、直接会いに来てくれたりするのは嬉しいですね。どんなことをやっても文句を言う人は一定数いますから。
裁判は大変っていうよりも楽しかった思い出のほうが多いかも。楽しいイベントみたいな感じです。
海外での反応
鈴木:艾未未(アイ・ウェイウェイ)さんにも会われたようですが、どのような経緯だったか教えてください。
ろくでなし子:艾未未さんと交流のある、埼玉大学の牧陽一先生が紹介してくださいました。
艾さんは中国当局にパスポートを取られたりして、ドイツでの自分の展示会にも出させてもらえないような大変な時でした。その後、パスポートは返してもらえたみたいですけど。そんな大変な時でしたが、やっぱりすごいオーラがあって、勇気をいただきました。
鈴木:ある意味知名度が上がって、漫画とかグッズの売り上げにも結び付きそうですが、そのあたりはいかがでしたか。
英訳版「ワイセツって何ですか?」先月重版かかってたというのを今日知った。めでたい!英訳版はカラーページが豊富で日本のおかしなカルチャーについても説明されてるのでオススメ\(^o^)/https://t.co/JVrUAh0fog pic.twitter.com/DzwtZGHzIK
— ろくでなし子 祝デコまん無罪確定! (@6d745) 2016年7月14日
ろくでなし子:漫画は日本版は売れなかったんですけど、海外の編集者さんから声がかかって、英語版が出ました。そしたら次はフランス語版が出て、この秋にはスペイン語版が出ます。海外では売れてるんですよね。
鈴木:海外の人たちって、日本みたいに慎むべきだみたいな感じではなくて、ろくでなし子さんがやってることは当然認められるべきだ、闘うべきだっていうスタンスなのでしょうか。
ろくでなし子:そういう反応もあるんですけど、それ以上に日本はエロ大国だと思われているんですね。風俗とかもあらゆる男性の趣味嗜好に分かれてるし、コンビニにはエロ本的なものが普通に売ってたりとかして。ヨーロッパではありえないんですよね。
日本の萌え絵とか二次元ロリータ表現も海外では有名です。ここはちょっと海外の人が勘違いしているところで、幼女を愛好するのが好きな国みたいに思われがちなんですよね。
そういうのが許されているのに、「なんでアーティストが女性器を使ったアートを作っただけで逮捕するんだ?」と「変な国、ニッポン」という感じで注目されてますね。
無罪判決を受けて。
鈴木: 2016年5月に判決が下され、立体作品の陳列は無罪、3Dデータの配付は有罪となりましたが、そのときの気持ちを教えてください。
ろくでなし子:当然無罪だと思ってるので、一部だけ無罪っていうのは不服だったんですけど、起訴されたら99%有罪判決って言われてる日本の裁判で無罪を勝ち取れたのはすごく意義のあることだったと思います。
あと、ちょっと笑っちゃったのが、そうやって無罪を勝ち取った事件は警察の昇級試験で取り上げられるそうなんですよ。エリート警察官が「まんこ」が出てくる「ろくでなし子事件」を勉強しなくちゃいけなくなったっていうのが、面白いなと思いましたね(笑)。
鈴木:そういう意味でも、「まんこ」を権力の中に注入していったわけですね。
ろくでなし子:逆に「まんこ」は注入される側だと思うんですけどね。(笑)
鈴木:そうですよね。逆転してますね。むしろ権力を包んでしまったのかな。男性社会にある権力≒男根みたいなものを包んでしまったという感じですかね。
ろくでなし子:本当に。私を逮捕した刑事さんも、仲良くなったわけじゃないんですけど、取り調べの時間が長かったので、最後のほうでは、たぶんこのおじさんと普通に居酒屋とかで飲んだら「わしもまんこ大好き。はっはっはっ」みたいな話になるはずなのになってちょっと思ったりして。
鈴木:このあとの裁判はどのように進むのでしょうか。
ろくでなし子:即日控訴して、検察が上告しなかったので高等裁判所で無罪が確定して、今は有罪部分を最高裁に上告中です。あとは判決を待つだけです。
仮にマンが一、有罪になったとしても、簡単に自分の主張が叶う世界になってしまったら闘う相手がいなくなって退屈だしつまらないから、試練を与えてくれてありがとう!と思います。
無罪だったらもっと広がるとは思うんですけどね。
自分が不愉快なものすらも、権力で規制してはならない
鈴木、:最後に、この連載企画のテーマでもある、表現の自由についての思いや今後の活動について教えてください。
ろくでなし子:表現の自由は、知れば知るほどとても難しいなと感じます。たとえばヘイトスピーチのようなものや、自分が不愉快なものに対しても、その存在を排除してはならないっていう意味でとても難しくて。
なぜならば、たとえば「○○人、死ね」みたいな表現があるとするじゃないですか。それは言ってはいけないことなんですけど、そういうことをしている人たちを規制しようという動きになった場合、それがヘイトスピーチかどうかを誰が決めるのかについては、大きな組織か権力にゆだねないといけない。
そうなると今度は、権力が気に入らない誰かを簡単に逮捕しやすくなってしまうということにつながるります。それはとても怖いですけど、一般的にはヘイトスピーチはよくないから規制しろっていうふうになっていて、そうした状況にとても危機感を感じますね。
規制をつくってしまうと、たとえば私みたいな者を、権力が簡単に「あいつはわいせつだから逮捕しよう」っていう風にできちゃうのが一番怖い。
そういう意味で私はヘイトスピーチ規制法に反対なんですが、それを表明すると、事情がよくわからない人にはまるで私がヘイトスピーチをOKしてるかのように見られる。そういうわだかまりみたいなのも感じて、なかなか難しい問題だなと感じています。
今後も体験漫画は描き続けていきたいですね。
そのなかで、「(まんこに限らず)なんでコレがダメなんだ!?」っていう疑問が湧いたら、またそれを面白おかしく作品にしていきたいなと思ってます。
表現の不自由時代 バックナンバー
第一回 ルイ・ヴィトンや日清食品からの圧力のみならず、殺害予告、通報にも屈せず表現をつづけるアーティスト 岡本光博
第二回 なぜ女性器だけタブーなのか? 権力による規制に、アートの力で笑いながら疑問を投げかける ろくでなし子
第三回 エロや政治的表現で度々抗議を受けている会田誠。美術業界は自由?
第四回 広島上空でピカッ、岡本太郎作品に原発事故付け足したチンポム 卯城竜太。人間の存在自体が自由なもの