本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
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「アートの力とマネジメント」
第1週:アートの力
③ 抵抗する村
今日は、マレーシアのある村に起こっている出来事を通して、社会から排除されつつある人々をつなぐメディアとしての文化・アートの役割についてお話ししたいと思います。
マレーシアの首都、クアラルンプールの南東40キロに位置するマンティン村が、今日の話の舞台です。
2014年の12月に私はそこを訪問しました。中国系の人々が住む、どちらかといえばさしたる特徴がない古い民家の立ち並ぶ集落なのですが、なぜかとても居心地がよかったのです。景色でいえば、道がまっすぐじゃなく、くねくねと曲がっていて先があまり見通せないというところに、どこか人間くさくて惹きつけられるものがあったんじゃないかと思います。
村の住民もすごく穏やかでした。しかし、この集落は大変深刻な問題を抱えているのです。住民の全員退去がせまられ、家がどんどん解体されつつあるのです。
今日は、その住民たちを文化の力で救おうとしている人々の話です。この村で起こっている事態は、極めて政治的であり、また経済のグローバル化がもたらす歪みでもあるのですが、それに対して政治・経済の闘争ではなく、文化の闘争として抵抗している点に注目しています。同じ様な事態が世界中で広がっているいま、抵抗のための有効なモデルを示しているといえるかもしれません。
この村の歴史はおよそ100年前に遡ります。中国の漢民族のひとつである客家系の人々が錫石の採掘のため労働者として移民してきました。当初は順調に仕事があったのですが、1980年代の錫の相場の暴落によって生産は激減し、ここマンティン村の採掘場も閉鎖に追い込まれました。住民はゴム園で働いたりなどして糊口(ここう)をしのいでいったのですが、20世紀末に、土地の不法占拠を盾に、立ち退きを強いられたのでした。移住してきた当初に、きちんと土地の登記をしていなかったことが仇となったのでした。空港からクアラルンプールにつながる道の近くにマンティン村があるため、目をつけられ、ショッピングセンターなどのビジネス空間に変貌させる計画が進んでいます。最盛期には200世帯だったのが、いまでは50世帯にまで縮小しています。いわゆる「限界集落」に近づきつつあるのです。いまが、それを食い止める最後のチャンスだそうです。
はじめの抵抗はデモという武力的な形で出現しました。2013年10月13日に、デモ参加者は村の内外から集まり、裁判所に対して村の解体中止命令を求め、現場でその裁定を待っていたのですが、警察は暴力的に19名を検挙しました。その後、同じ日の午後2時になって遅まきながら解体中止命令が出たのです。
では、なぜ、この村に支援の輪が広がっていったのでしょうか? 首都のクアラルンプール市内でも、地下鉄工事のために伝統的な中華系集落が壊されようとして反対運動が起こったりしていました。マレーシアではマレー系、中華系、インド系が主な民族構成。大きな資本の前に、無力な人々が叩き潰されようとしています。それが正義に悖ると考えた人々がそういった現場に駆けつけ、支援を行っているのです。
当事者たちはデモという示威的な手法以外に、文化的で平和的な方法を同時にとってきました。それはこの村の文化的価値を内外に示すことです。彼らは客家マンティンの伝統的な文化が途絶えることも恐れているのです。
マンティン村には政府から認定された登録文化財や特別な史跡があるわけではありません。ふつうの生活があるだけです。傷みかかっている木造家屋があります。そのなかで人々が日常生活を営んでいくための様々な小さな文化、食文化、インテリア、昔話、お祭りなどが継承されてきました。ごくふつうの人々が6世代にわたって継承してきた文化の数々は、彼らの移民生活の歴史そのものであり、とても貴重です。しかし、その貴重さは意外にも住民には認識されていません。彼らにとって、あまりにも当たり前だからです。そこで、部外者が介入する意味があります。その伝統文化に敬意を払い、どうしたらそれが維持できるのかということを一緒に考えようとしています。その場合、集落そのものを残すことが、最良の方法となります。
彼らの最初にとった戦術は、村の歴史ミュージアムを作ることです。村のほぼ中央にある木造の公民館のような建物のなかに、昔の写真や絵画、文書などが展示されています。そこには大きなテーブルもあって、皆が一緒に食事もできます。私もそこを訪ねたのですが、写真はけっこうボロボロで、断片的なものですが、各家庭から集めてきていることが一目瞭然。
チームの中心人物であるヴィクトール・チンさんが、家々から掘り起こしてきたものです。この小さなミュージアムのポイントは、部外者にマンティン村の歴史を知ってもらうだけでなく、実は、住民自身が自分の村について知るということが大きな目的のように思いました。つまり「住民による、住民のためのミュージアム」なのです。
搾取され、虐げられてきた人々は、自分たち自身や自分の村を誇りに思うことから遠ざけられてきました。チンさんは、この村の人々がこれらの展示物を見て「自分とは何か」ということを発見し、少しでも自信をもってもらいたいと思ったのです。そして守ってきた生活文化の大切さ、貴重さを知ってもらい、村の解体実施にも当事者として抵抗運動に参加してもらいたいと思ったのです。大家族のみんなで助け合ってストレスなしに生きていく。平凡ですが、これ以上に幸せな生活はあるでしょうか?
住民の意識は少しずつ変わり始め、いま起こっていることに目を向けるようになりました。そして自分の思いを率直に語るようになりました。それを掬い上げたのが、文化戦術の第2弾、80歳の女性の語りを中心に据えた映像の制作でした。それは「Memory as Resistance(抵抗としての記憶)」というタイトルで2015年に作られました。全編で20分なのですが、チンさんの許可を得ましたので、一部分だけですが見ていただきましょう。
※gacco では映像でご覧頂けます。
映像の力はすごいですね。彼女の思いがひしひしと伝わってきますし、またいろいろなところで上映されることによって、一気に拡散していったのです。
今日の講座で言いたかったことをまとめますと、社会的に抑圧されている人々の抵抗の方法としては、デモをはじめとする武力闘争がありますが、文化の力でもって、当事者や周囲の人々の意識を変革していくという方法があること、とりわけ、写真をはじめ、いま見ていただいた映像の力は大きいということです。また、当事者にとってあまりにも当たり前の日常生活そのものが貴重な文化の宝庫であるということが、外部の人々によって発見されるということも重要です。それによって内と外の人々の連携・連帯が可能となり、抵抗のための大きな力となるのです。
ところで、今日とりあげた話題は、マレーシアの社会的課題を代表するものでも、特別なものでもありません。世界の至るところに見られる問題です。強者と弱者が二極化し、片方が有無をいわさず相手を押しつぶしていくという風景は、目に見えるところに、そして見えないところに広がりつつあります。それを可視化し、しかもアクティブに行動していくこと、それが文化のアクティビズムであり、新たな文化のマネジメントであるといえるのです。
本講座は大阪市立大学のオンライン無料公開講座です。2017年3月31日まで gacco のサイトにて受講可能で、テストや課題をクリアーすると修了証がもらえます。
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