簡素で美しい生活様式やテキスタイルをはじめ、今日でも手仕事による技法や歴史、文化が色濃く継承されているインド。なかでも「カディ(Khadi)」と呼ばれる綿布は、ものづくりのオートメーション化が著しい近年も、手紡ぎ、手織りによってインド各地でつくられています。
つくり手によって紡がれる一本一本の糸、多様な織り目による白の表情。その美しいテクスチャーには、インドの近代史と哲学が織り込まれています。インド国旗に糸車が配された背景には、輸入品を断ち国産の綿布に身を包む不買運動から、独立、そして明日への希望の象徴となったカディがありました。
マルタン・シン(Martand Singh、1947-2017)は、インド・テキスタイルなどの幅広い文化復興活動で知られています。シンは、インドの独立、雇用、死生、創造という観点からカディを「自由の布」と呼び、この綿布で仕立てられる衣服、カディ・クルタ(Kurta)を日常着として纏っていました。クルタは今日でも、セレモニーの正装として、ある時は寝間着として、多岐にわたる場面で着られています。
シンの活動を通じて、インド・テキスタイルは世界に伝播しました。イッセイ ミヤケでは、1980年代から彼とのコラボレーションを通じて、インド文化との対話ともいえる衣服づくりを行ってきました。その対話は、テキスタイルから発想するブランドHaaTの中で、今日も継続しています。
本展では、つくり手そのままの表情を見せるカディとその思想を、マルタン・シンの活動の根幹を担ってきた人々を現地で取材した映像とともに紹介します。インドのものづくりに宿る精神と息吹をご体感ください。
この世には無限の数の白が存在する
ジャスミンの花の白
海泡の白
8月の月の白
ホラ貝の白
雲が消え去った後の白
−マルタン・シン
■ プロフィール
マルタン・シン Martand Singh
マルタン・シン(1947-2017)はインドの文化を先導し、50 年の長きにわたりテキスタイルの開拓、展示、遺産保全に取り組んだ。国家を形成するポスト植民地期にプロデューサー兼キュレーターとして、独自の文化復興策を提示し、インドのデザインとファッションの現代美学を育成するため、精力的に活動を行った。その結果、シンは世界に大きな影響を与えたが、コンテキストと表現形式においては国内をルーツとすることにこだわり続けた。
シンのキュレーターとしてのビジョンが人々の記憶に最も刻まれたのは、「ヴィシュワカルマ」を含むインドテキスタイルの画期的な展示会を通してだった。シンは、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、中国、そしてインドの4都市で、7回にわたる一連の展示を行った(1981-90)。ニューヨークのメトロポリタン美術館では『インドの宮廷衣装』(1985-86)、旧ソビエト連邦(1986)と東京(1988)では『大地と空』、ハンブルグの美術工芸博物館では『砂漠の中の孔雀』(1991)、シュトゥットガルトの国立美術館では『インド砂漠』(1992)、ニューデリー、ムンバイ、バンガロール、コルカタでは「カディ:自由の布」(2002)を開催している。
さらにシンは、個人としても、政府の芸術機関の職員としても重要な役割を担い、国家の文化政策に大きく貢献した。彼が務めた役職には、アーメダバードにあるキャリコ美術館運営審議会の管理者及び会員、インド芸術・文化遺産ナショナルトラスト(I NTACH)の創設時からの幹事、イギリス芸術・文化遺産ナショナルトラストの会長、ジョードプルのメヘラーンガル砦博物館トラストの理事、ハイデラバードのチョウマハラ宮殿の修復アドバイザーなどがある。また『ハンドクラフテド・インディアンテキスタイル(「手仕事のインドテキスタイル」の意。日本では未訳)』(ロリ&ヤンセン BV、2002)と『サリーズ・オブ・インディア:トラディション&ビヨンド(「インドのサリー:伝統とその先」の意。日本では未訳)』(ロリ―ブックス、2010)の編集も手がけている。彼は「Mapu(マプー)」という親しみを込められたニックネームで広く知られており、インド政府からは民間人に授与される最高勲章の1つ、パドマ・ブーシャン勲章が贈られた(1986)。
■ 開催概要
「 Khadi インドの明日をつむぐ – Homage to Martand Singh –」展
会 期:2018 年4 月18 日(水) – 5 月13日(日)
休館日: 火曜日(5月1日は開館)
時 間:10:00 – 19:00
会 場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3
〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
tel. 03-3475-2121 www.2121designsight.jp