ジョセフ・アルバース(1888–1976)とアニ・アルバース(1899–1994)の夫妻は、いずれもドイツの造形学校バウハウスに学び、のちにアメリカに渡ってからはアーティストとして、そして教育者として活動し、戦後の美術やデザインに大きな影響を与えました。
ジョセフ・アルバースはバウハウス卒業後に同校教授となりましたが、1933年にナチスによるバウハウス閉鎖を機にアメリカに亡命。ブラック・マウンテン・カレッジやイェール大学で教鞭をとるほか、色彩理論書『色彩構成』を著すなど、画家、教育者としてアメリカ美術の発展に大きく貢献しました。色彩の相互作用と幾何学的形象による独自の絵画空間を追求した彼が、その実践として制作し続けた代表作〈正方形賛歌〉シリーズをはじめとする作品群は、のちの幾何学的抽象絵画やグラフィックデザインに強い影響を与えました。
アニ・アルバースはバウハウスでテキスタイルデザインを学んでいた学生時代、同校教授だったジョセフ・アルバースと結婚。1933年にジョセフとともにアメリカに亡命し、同じく美術教育にたずさわりながら織物作家として独創的な制作活動を行いました。のちのオプ・アートにも通ずるような、幾何学的形態のリズミカルなパターンをあらわしたテキスタイルは高い評価を受け、彼女はそれまで工芸の分野とされていたテキスタイルデザインを、アートの一ジャンルとした先駆的存在となりました。
アルバース夫妻の二人が、晩年の創作活動におけるおもな表現媒体として選んだのは版画でした。版画のシステマティックな制作過程と、それによって生み出されるハードエッジでフラットな色面やその繰り返しが、自らの作風を実現するのに最適と彼らが考えたであろうことは想像に難くありません。これを支え、さらには新たな表現の可能性を二人に示したのが、マスター・プリンター、ケネス・タイラーとの共同制作でした。タイラーがプリンターとしてのキャリアをスタートさせたタマリンド・リトグラフィ工房で1963年に始まったアルバース夫妻との共同制作は、その後タイラーが興した2つの工房、ジェミナイG.E.L.とタイラーグラフィックスを通して続けられ、アメリカ現代版画史に残る名作の数々を生み出してきました。
本展はCCGA所蔵のタイラーグラフィックス・アーカイブコレクションの中から、ジョセフとアニのアルバース夫妻による晩年の版画作品を展示し、彼らが生涯を通じて追及した、色彩や形態の表現の到達点をご覧いただきます。
また同時開催として、戦後の日本のグラフィックデザインにおける幾何学的抽象表現を用いた作品の小展示を行い、この分野にアルバース夫妻が与えた影響を検証します。