田原桂一「光合成」with 田中泯

ARTLOGUE 編集部2017/10/09(月) - 02:01 に投稿

写真家・田原桂一とダンサー・田中泯が創り上げる《光と身体》のフォトセッション


■概 要

1970 年代から一貫して《光》の探究を続け、国際的な評価を得た写真家・田原桂一は、惜しくも病のため本年 6 月に他界いたしましたが、亡くなる直前まで本展の準備に力を注いでいました。今回展示する写真作品 46 点は、世界的に活躍するダンサー・田中泯との類まれなコラボレーション(1978~80 年および2016 年)の中から選び抜いたもので、展覧会の形では日本初公開となります。また、会期中には田中泯のソロダンスパフォーマンスも行います。

 

■詳 細

1971 年、20 歳で渡仏した田原桂一は、日本の光とは異質なヨーロッパの光に出会い、衝撃を受けました。そして《光》そのものを探究するため、パリを拠点に写真(=hotography 直訳:光で描く絵)を撮り続け、高い評価を得ました。一方、1960 年代にモダン・ダンサーとして活動を始めた田中泯は、1974 年、独自の舞踊を求めて活動の幅を広げ、そのユニークな身体表現で注目されました。
1978 年秋、パリで邂逅した二人は《光と身体の関係性》の探究を始めます。ヨーロッパ、アメリカ、そして日本。さまざまな都市や大自然の場と切り結び、異なる光や大気や季節に反応するダンサーを、写真家がイメージに焼き付ける─この濃密なフォトセッションは 1980 年まで続きます。しかし、生み出された写真は、何故か発表されることなく筐底に秘められたまま歳月が流れました。
2016 年、それぞれキャリアを積み重ねてきた二人は《原点回帰》を決め、過去のコラボレーションを写真集「Photosynthesis 1978-1980」(発行:スーパーラボ)にまとめると同時に、36 年ぶりにフォトセッションを再開、新作を撮り始めました。奇しくも原美術館は最初のフォトセッションと同時期、1979 年にオープンいたしましたが、このたび、彼らのコラボレーションの成果を展覧会として余すところ無く紹介いたします。また、本展会期中、田中泯は二人のコラボレーションの締めくくりとして、「第 5 回ハラアニュアル展」(1985)以来久々に当館でダンスパフォーマンスを行います。

 

■展示の内容と見所

1978~80 年に撮影したものから 41 点、2016 年撮影の新作から 5 点、計・写真作品 46 点を展示(すべてモノクローム)。その《場》の光や空気を受け止め自らの身体で表現する田中泯。その姿を、色彩を一切排して純粋に光と影の織り成す鮮烈なイメージへと昇華させる田原桂一。二人の表現者が切り結んで創り出した、緊張感あふれる美しさが圧倒的です。

 

■プロフィール

・田原桂一(たはら けいいち)

公式サイト http://www.keiichi-tahara.com/

1951 年京都府出身。フランス・アルル国際写真フェスティバル新人大賞(1977)、木村伊兵衛写真賞(1985)、フランス芸術文化勲章シュバリエ(1993)など受賞多数。写真だけでなく、《光》を探究する延長で彫刻・環境造形も手がけ、2004 年に東京都庭園美術館で「田原桂一 光の彫刻」展を開催。2017 年、チェコ・プラハ国立美術館で個展「Photosynthesis1978-1980」を開催。2017 年没。


・田中泯(たなか みん)

公式サイト http://www.min-tanaka.com/

1945 年東京都出身。クラシックバレエとモダンダンスを学び、1974 年から独自のダンス・身体表現を追究。1978 年以降海外でも活躍、高い評価を得る。1985 年山村へ移り住み、農業を礎とした舞踊活動を継続中。映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督、2002)以降、俳優としても活動。著書に「僕はずっと裸だった」(2011)、「意身伝心」(2013)など。フランス芸術文化勲章シュバリエ(1990)他受賞多数。

 

 

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