文化庁委託事業である、日本のアート市場の規模等に関する調査分析レポート「The Japanese Art Market 2024」の調査報告

遠藤 友香2025/01/02(木) - 15:05 に投稿
The Japanese Art Market 2024

文化庁は委託事業「令和6年度アートエコシステム基盤形成促進事業 国際的なアート市場における日本市場の現状調査」の一環で実施した、日本のアート市場の規模等に関する調査分析レポート「The Japanese Art Market 2024」を発表しました。

以下、調査報告をご紹介します。

本調査レポートは、日本のアート市場の実態をより正確に把握し、その潜在力を可視化することを目的とした文化庁委託事業「令和6年度アートエコシステム基盤形成促進事業」の一環として、アーツ・エコノミクス社の創業者である文化経済学者クレア・マッカンドリュー博士と連携し、調査・分析・作成したものです。 

本調査は、令和5(2023)年度の文化庁委託事業「令和5年度アートエコシステム基盤形成促進事業 国際的なアート市場における日本市場の現状調査」で実施した、日本国内に法人を置くアートディーラーおよびオークションハウスを対象とした美術品等の販売に関す2023年1月から12月の売上データに関するアンケート調査のほか、国民経済計算(GDP統計)、経済センサス-活動調査、文化庁による文化行政調査研究(文化GDP)などの各種統計を基に、2023年の日本のアート市場規模を推計。

1. 日本のアート市場 

日本のアート市場における2023年の売上高は、6億8,100万ドル(946億5,900万円)と推定されます。この推定値には、国内のディーラー、ギャラリー、オークションハウスによるアート及び骨董品の売上高が含まれますが、日本の視覚芸術エコシステムが生み出す膨大な付加価値額のほんの一握りに過ぎません。このエコシステムには、成長を続ける多くのアーティスト、文化機関並びにこれらに付随する関連ビジネスやイベントも含まれています。

日本のアート市場は、前年(2022年)の7億5,600万ドルという値と比較して10%減少しました。これは、世界的な売り上げ減少の傾向と並行しており、世界のアート市場の売上高も4%減少し、2022年の678億ドルから、2023年には650億ドルになりました。新型コロナウイルス感染症の拡大は、アート取引に係る運営環境の顕著な悪化をもたらしました。関連する作業、移動、展示、イベントのすべてに制約が課せられたことから、2020年には、全世界のアート売上高は22%減少し、世界金融危機下の 2009 年以来の低水準となりました。日本では、市場規模の縮小はさらに著しく、2020年にはオークションとディーラーの両部門が2桁減を記録し、38%減の3億7,700万ドルに。ただし、世界市場と同様に立ち直りも早く、2021年には、日本における売上高は前年比62%増の6億1,100万ドルとなり、新型コロナウイルス感染症流行以前の2019年の売上高をも上回りました。こうした回復の勢いは2022年に入っても続き、前年比でおよそ24%増となりました。しかし2023年になると、オークションでの売上高とディーラーから報告された売上高の双方が減少するなど、成長が鈍化しました。

このように、2023年に入って鈍化に転じたものの、新型コロナウイルス感染症によって市場が大混
乱に陥る以前(2019年)の水準と比較すると、世界全体の伸びが1%に留まるなか、日本の売上高は11%増となっており、米国や英国といった主要市場を大きく上回っています。

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日本における売上高は、増加率でみればより規模の大きい一部の市場を上回っていますが、2023年においても米国、中国、英国の3か国で世界全体の売上高の77%を占める(価額ベース)など、国際的なアート市場で世界的な取引拠点が依然として圧倒的な影響力を持っている状況は変わっていません。世界全体の売上高に占める日本市場のシェアはわずか1%であり、この数字は過去5年間にわたってほとんど変化していない現状です。

2023年においては、中国(香港を含む)は価額ベースで世界全体の19%を占め、世界第2位の市場となっています。また、現在のところアジア最大の市場でもあります。アジアのアート市場における
中国の影響力は圧倒的です。地域区分の定義は異なるものの、価額ベースでみた場合、アジアの取引額全体に占める中国のシェアは 80%を超えています。日本はシェア約5%で、中国に次いでいます。

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上述の取引額には、ディーラーとギャラリー及びオークションハウスの売上高が含まれます。本レポートでは、アート市場の2本柱である、この両部門を対象に分析を行い、取引額にはアーティストやそ
の仲介者、百貨店その他の企業やプラットフォームが直接販売した金額は含まれていません。実際に
は、このような直接売上高が上述の取引額に上乗せされます。これも取引額全体のかなりの部分を構成しています。

2. 日本のディーラーとギャラリー

2023年の日本のアート市場において、ギャラリーとディーラーを介した総売上高は4億6,000万ドル近くにのぼるものと推定され、全体の2/3強(68%)を占めています。ディーラー部門の売上高は、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2020年には48%減少しましたが、続く2年間で2倍を超える水準まで急回復し、2022年には5億500万ドルのピークに達しました。しかしながら、2023年には再び伸びが鈍化し、ディーラーから報告された売上高は、新型コロナウイルス感染症流行拡大前の2019年をわずかながら上回ってはいるものの、前年比では9%減となっています。

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ディーラー市場の構成 

政府統計等の複数のリソースによれば、日本には2,060軒を超えるディーラーやギャラリーが存在
しており、これはアートと骨董品を扱う商業的なギャラリーや、店舗、その他の販売店も含めた数値です。このような業態は日本全土に幅広く分布していますが、ディーラーの59%が都内に所在するなど、分布密度でみれば東京が最も高くなっています。関東地方では66%に達しています。

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世界的にディーラー市場は、プライマリー市場とセカンダリー市場で構成されています。ただし、事業者数別及び売上構造別の構成は、市場によって大きく異なっています。プライマリー市場とは、ディーラーやギャラリーがアーティストの新作をコレクターに販売するものです。一方、セカンダリー市場では、一度コレクターの手に渡った作品が再販売にかけられます。通常、その担い手は、ディーラー、オークションハウス又はそれ以外の代理店です。政府統計からディーラーの売上高をセクター別に分析することはできませんが、アーツ・エコノミクス社が文化庁の協力を得て 2023年と2024年に実施したディーラー調査から、日本のアート市場における販売構造を窺い知ることができます。調査対象は日本に本拠を置くディーラーで、そのうち、ギャラリーを日本のみで展開するものが97%、国外にも拠点を構えるものが3%でした。対象事業者の平均事業年数は40年と、相対的に定評ある事業者が多く、事業開始から10年以下のものは全体の13%に過ぎません。対象事業者の大半(78%)が展示スペースを有するギャラリーで事業を行っており、続く13%が自宅や個人事務所からプライベートで事業を行っています。4%はオンラインのみで事業を行い、残り5%は、アーティスト自身が運営
するギャラリー、アートクラブやショップなど、さまざまなハイブリッド形態をとるものです。

2023年調査の対象事業者のうち、プライマリー市場のみで事業を行うものは18%です。プライマリー市場は、アーティストのキャリア形成に極めて重要な役割を果たしています。当該市場は、マーケットでの取引価格が低く不安定となりがちな新進のアーティストから、より高額で取引される作品を有する名の通った現代アーティストに至るまで、さまざまなレベルのアーティストの作品を対象としています。このセグメントで事業を行うギャラリーは、アーティストが市場に送り出す作品に対して初めて値付けが行われる際の鍵を握っていることが多くなっています。また、価格が定まった後は、市場への作品の供給管理も重要な役割となります。すなわち、供給を徐々に増加させることによって、そのアーティストが手掛ける作品のマーケットが拡大するようサポートするのです。また、このようなギャラリーは、アーティストを直接的に支援するだけでなく、アーティストのキャリアを長く保つために、ゲートキーパー、管理者、プロモーターの役割も果たすことが少なくありません。日本においては、このセグメント専業事業者の構成比は、世界平均のおよそ半分にとどまっています(全世界を対象に2023年に実施した調査では、対象ディーラーの38%がプライマリー市場の事業者でした)。

セカンダリー市場(アート作品が再販売される市場)専業のディーラーは、調査対象事業者の10%を占めており、これは世界平均並みです。アート市場の特徴として、セカンダリー市場で取引される金額が圧倒的に大きいことが挙げられます。あるアーティストの作品がセカンダリー市場に出回る頃には、そのアーティストの評判が確立していると想定されることから、セカンダリー市場での取引価格は、プライマリー市場での取引価格を上回る傾向があります。セカンダリー市場に関しては、関連情報収集のコストも低く、バイヤーは、アーティスト自身や、その作品の需要動向に関して、より豊富で良質の情報を入手できることが多いので、当該市場で作品を購入するリスクも低い傾向にあります。このことは、日本市場におけるセカンダリー市場専業ディーラーが、数の上では少数派であるにもかかわらず、年平均売上高では、プライマリー市場のディーラーの 2 倍を超えている事実からも明らかです。

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プライマリー又はセカンダリーのいずれか一方の市場のみで事業を行うギャラリーもありますが、大半はプライマリー販売と再販売の双方を手掛けています。日本を対象として実施した調査では、2023 年において、プライマリー・セカンダリーの両市場で事業を行っているディーラーが全体の45%を占めています。この事実から、日本では多数派といえる63%のギャラリーが、少なくとも売上の一部をプライマリー市場から得ており、現役アーティストのキャリアを支えていることが分かります。2023 年においては、このようなディーラーの年平均売上高が280万ドルと最も高かったことが見て取れます。同セクターの年平均売上高のデータについては、極めて売上高の大きなディーラーが何社か存在することによる影響を受けているものの、プライマリー・セカンダリーの両市場で事業を行っているディーラーの売上高についても、中央値が110万ドル(全体平均の2倍)と、最も高くなっています。

調査対象事業者の約27%は工芸美術や骨董品の分野を専門としており、2023年の世界調査の結果(18%)と比較すると際立って高い割合です。この分野の事業者の売上には、骨董品(33%)、古美術品及び古代芸術(32%)、工芸美術(29%)並びにその他(茶道具、装飾武具など:6%)などが含まれます。

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双方の市場で事業を行うディーラーの45%は、セカンダリー市場での再販売が売上高の大きな比重(58%)を占めています。一方、プライマリー市場での売上高は全体の42%となっています。ただし、売上高全体に占めるプライマリー市場の割合は、2022年の35%から次第に上昇しており、このことは、一部の日本のギャラリーにおいて、プライマリー市場で取引されるアーティストの作品価格が上昇している可能性を窺わせるものです。

2023年において、1軒のギャラリーに所属するアーティスト数は平均27名で、2022年の20名から増加しました。このことも、売上高全体に占めるプライマリー市場のシェアが上昇しているという事実の裏付けの一つとなるかもしれません。ギャラリーに所属するアーティストのなかで、商業的に成功を収めているアーティストは相対的に少数にとどまっていることが多いのですが、このアーティストの作品の販売で得られた収益が、内部相互補助の形で、他のアーティストのキャリア形成を目的とする投資に充てられることがしばしばあります。ギャラリーの報告データによれば、2023年において、日本のギャラリーは、所属しているトップアーティスト1人の作品販売で全収益の24%を賄っており(前年比では2%低下)、また、トップアーティストを含む上位3名の所属アーティストの作品販売で、全収益の42%をカバーしています(2022年の41%からほぼ横ばい)。このような事実から、ギャラリーは、およそ1割のアーティストから、全体の4割を超える収益を得ていることが分かります。その他のアーティストから得られる収益は少ないものの、活動をサポートし、展示、制作、マーケティングを行うために、かなりの労力を必要とすることに変わりありません。以上から、収益源が一部に集中している状況が窺えますが、それでも世界平均よりもかなり低く、2023年の世界平均では、売上の3分の1が最も売れているアーティストからで、半分以上がトップ3のアーティストからのものとなっています。 

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アーツ・エコノミクス社が実施した日本の富裕層の行動・支出パターン調査によると、コレクターの所蔵品中、女性アーティストの作品が占める割合は2024年で40%と少数派にとどまっています(調査を行った世界の富裕層平均では44%)。コレクターの多くは、アート作品を選定する際に、作者の性別を意識することはありませんが、実際に購入できるか否かは、究極的には作品が市場に出回っているか否かに左右されます。女性アーティストの割合が低い傾向は、ギャラリーが取り扱うアーティストの性別にも反映されています。すなわち、ディーラー報告によれば、2023年において、男性アーティストが65%を占めるのに対し、女性アーティストは35%にとどまっているのが現状です(同一セクターを対象とした全世界調査では女性アーティスト比率は40%)。さらに、日本において女性アーティストの作品は、ディーラーの年間売上高の20%を占めるに過ぎません。これもまた、世界平均を大きく下回っています(世界平均は、プライマリー市場のディーラーで39%、プライマリー・セカンダリー両市場のディーラーで30%)。

経済全般に関しても、日本のジェンダーバランスは世界的に低水準にあります。世界経済フォーラムが発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数2024」において、ジェンダーバランスの項目で日本は世界149か国中118位となっており、「教育」に関しては「ほぼ平等」と評価されたものの、経済参画と機会」の評価が特に低いことがわかりました。

ディーラーによる売上高 

図7で示されているように、2023年に調査対象となった全ディーラーの平均売上高は185万2,000ドルであした。これは、売上規模の大きな一部のディーラーの影響を受けて実態よりも過大に算出されており、中央値は56万2,500ドルでした。調査対象事業者は、ディーラー市場で中堅から上位のギャラリーで、全国美術商連合会(JADAN)、日本現代美術商協会(CADAN)、日本現代美術振興協会(APCA)など、主要組織の会員事業者から選定したものです。調査対象に選定したこのような事業者であっても、その売上規模は多種多様であり、2023年の売上高でみれば、50万ドルを下回るものが全体の半分近く(48%)を占める一方、100 万ドルを超えるものが37%となっています。

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調査対象ディーラーによれば、2023年におけるディーラー部門の売上高は9%減となり、特に一部の大規模ディーラーで売上の減少が著しかった現状があります。このような傾向は、全世界のディーラー市場でも同様です。一方、年商50万ドル未満の小規模ディーラーはもっとも売上を伸ばし、特に年商25万ドル未満のディーラーは売上高が平均で11%増となりました。

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ディーラーの売上高が減少する一方で、販売された作品数(中央値)が190点から195点へと3%増加していることは注目に値します。すなわち、販売される作品点数の減少よりも、作品の低価格化が進んだことの方が、売上高の減少により強く影響したものと推察されます。この推移は、2023年におけるディーラーの販売構成が、2022年に比べ、より低価格の作品にシフトしているという事実からも窺うことができます。例えば、5万ドル未満の作品が取引全体に占める割合は、2022年の65%から、2023年には93%に上昇しています。5万ドル未満の作品カテゴリーの中でも、1万ドルを下回る作品が大半(売上全体の77%)を占めています。一方、100万ドルを超える作品は、ディーラー取扱量のわずか1%に過ぎません。

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ディーラーの売上高は前年を下回っていますが、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大していなかった2019年と比較すると、売上高が増加したディーラーと減少したディーラーとがほぼ拮抗してます。ただし、日本についてみれば、2019年比で売上高が減少したディーラーは37%と、世界平均(30%)を上回っています。世界全体では、ディーラーの70%が新型コロナウイルス感染症拡大以前と比べると、売上高は同程度か増加したと回答しているのに対し、同様の回答をした日本のディーラーは 63%にとどまっています。このことから、日本の一部のディーラーにおいては、過去数年にわたって回復がなかなか進んでいない状況が理解できます。

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2023年の売上減少に加え、世界中のディーラーは、収益性に影響を与えるコストの急上昇に対処しなければいけませんでした。日本経済においては、他の多くの国々よりも物価上昇ペースは緩やかで、G7諸国中では、最も低いインフレ率で推移していました。2023年の物価上昇率は3.3%と、米国(4.1%)、英国(7.3%)、フランス(5.7%)はもとより、アートの世界で影響力を持つ他の主要国を大きく下回っていました。とはいうものの、日本の物価上昇率は1991年以降では最高水準にありました。また、国際市場で事業を行うディーラーや世界中のフェアやイベントに参加しようとするディーラーにとって、国外でのコストの上昇は頭の痛い問題でした。

コスト上昇の問題を一層複雑にしていたのは、日本においては、ディーラー事業における販売サイク
ルが他の多くの産業に比べて長いことが挙げられます。すなわち、商品の入荷以降、在庫を経て販売に至るまでの平均所要月数がおよそ11か月に及ぶのです。在庫から売上の計上に至るまでの平均所要期間が2年を超えるとするディーラーは、日本では全体の18%に上っています(世界平均は15%)。それでも、2022年の26%よりは少なくなっています。その要因として考え得るのは、ディーラー部門における低価格帯での販売の増加です。低価格で取引される作品はより回転が速いのが通常であり、一部のコレクターに対する配慮や販売促進策もさほど必要としません。

このような要因のすべてがディーラーの収益性に影響を及ぼすものでありました。新型コロナウイルス感染症が拡大した2021 年以降の販売の回復過程において、ギャラリーの多くは、2019年よりもイ
ベントやフェアへの参加を抑制するなど、コスト構造をスリム化することによって収益性を確保しました。2022年に入ってイベントの開催頻度が新型コロナウイルス感染症流行以前の状況まで回復し、
多くの地域でインフレが高進するなか、少なからぬディーラーがプレッシャーを感じているのが現状です。それでも、日本においては、収益性が向上したディーラーの方が、低下したディーラーよりも多かったことが挙げられます。しかしながら、2023年においては、純利益の確保に苦労するディーラーの割合が再び上昇に転じています。この状況を概観すると、以下のとおりです。

• ディーラーの33%は、2022年に比べて利益が低下(収益が低下したと回答したディーラーの割
合は前年比6%上昇) 

• ディーラーの44%は、2022年並みの利益 

• ディーラーの23%は、2022年よりも利益が向上(収益が向上したと回答したディーラーの割合
は前年比15%低下。世界平均の29%を下回る)

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3. 日本のアートフェア

過去数年間において、売上高の変化のみならず、ディーラーがバイヤーにアプローチする方法やディーラーが利用する販売ルートにも変化が生じました。新型コロナウイルス感染症流行以前には、世界中で開催されるアートフェアは大幅な増加傾向をたどっていました。2019年には、このようなイベントは、世界各国のディーラーの売上高の4割以上を占め、主たる販売経路となっていましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年にはほとんどのイベントが中止され、アートフェア経由の売上高は全体の13%まで激減しました。これに代わるものとして、オンライン販売が広まりました。このような構成比は、2021年から2022年にかけてイベントの開催スケジュールが次第に再開される中で変動しましたが、2023年には市場に生じたこの変化が一時的なものではないこと、そして、ディーラーがオンラインと対面の両方のチャネルを利用した販売を求めていることが明らかになりました。世界全体で、2023年におけるアートフェアを通じたディーラーの売上シェアは29%と報告されています。

ディーラーの販売において、アートフェアが重要なチャネルである状況は日本でも同様ですが、売
上高全体に占めるアートフェア経由の比率は2023年において10%に過ぎず、世界の主要国に比べると著しく低いのが現状です。

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図14によれば、世界平均に比べ、日本のディーラーは、ギャラリーでの対面販売に重点を置いてお
り、オンライン販売やアートフェアの割合が著しく低いことが明らかです。

現在のところ、日本のディーラーにとって、ギャラリーでの販売は収益源の中心であるだけでなく、新規顧客の主たる獲得手段でもあります。2023年調査において、新規顧客の開拓方法についてディーラーに質問したところ、ギャラリーを実際に訪れる顧客が最大のソースであるとの回答が28%と最も多く、ディーラーのホームページ(18%)、アートフェア(15%)がこれに次いでいます。同年実施した世界調査では、アートフェアが最大の新規顧客獲得手段であるとする回答が最多を占めましたが、日本ではアートフェアの構成比は世界平均のおよそ半分にとどまっています。

アートフェアへの出展状況に注目してみると、2021年から2023年までの間、一度も出展していないと回答したディーラーが、日本では全体の3割を占めました。また、2023年に出展したディーラーの平均出展回数は4回で、2022年と同じでしたが、2021年よりは1回増加しています。このように平均値をとってみると、個々のディーラーの動向をつかみにくくなってしまいますが、2022年と比較すると次のとおりです。

・29%のディーラーは、2023年には前年よりもフェアへの出展回数を増加(1~4回)させた 

・11%のディーラーは前年よりも出展回数が減少(1~3回) 

・60%のディーラーは前年並みの出展回数 

一部のディーラーは、海外のイベントを中心に、アートフェアへの出展を増やすことを望んでいますが、為替レートの影響や、旅費・出展費用の高騰を勘案して、「慎重に進めている」としています。出展したイベントへの訪問者数が増加しており、若年層のコレクターや出席者も増えてきているとの見方がある一方で、一部のディーラーは、イベントを訪れる富裕層が減少したと感じています。

アーツ・エコノミクス社は2023年、UBSと共同で、世界14地域のアート市場で活動する富裕層3,660 人を対象として調査を行いました。調査対象には日本の富裕層200人も含まれています。この調査から、日本の富裕層は2023年にアートフェアを4回(国内、海外各2回)訪れていること、また、2022年と比べると海外イベントの訪問回数が1回増加していることが明らかになりました。なお、世界平均でみると、富裕層のイベント訪問回数は6回となっており、日本はこれを若干下回っています。ただし、ギャラリーの展覧会の訪問回数においては、日本の富裕層が平均10回(国内4回、海外6回)であるのに対し、世界平均では8回と、日本の方が上回っています。

ギャラリーの展覧会に関しては、2021年から2023年の3年間に全く行っていないディーラーは全体の 18%と少数派にとどまっています。展覧会を実施したディーラーについてみると、回数は、2021年の10回から、2023年には11回に増加しています。2022年との比較は以下のとおりです。

・28%のディーラーは、2023年に回数を増やした(増加回数は1回から9回まで幅がある) 

・63%のディーラーは、2022年と同じ回数

・9%のディーラーは、2022年よりも減らした(減少回数は1回から5回まで) 

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文化庁「国際的なアート市場における日本市場の現状調査」によると、日本には現在少なくとも25のアートフェアが存在します。そのなかで、最も歴史が長く規模が大きいのは、2005年から開催されている「アートフェア東京」です。2024年版の出展事業者リスト(Exhibitors 2024)によれば、156 事業者が出展しており、アンティークから現代アートまで、幅広い作品を対象にしています。その他の主要イベントとしては、「ART FAIR ASIA FUKUOKA」(出展事業者数98)、「Tokyo Gendai(東京現代)」(同69)、「Art Collaboration Kyoto」(同 69)などがあります。

4. 日本のオークションハウス

2023年の日本のアート市場において、総売上高の残り3分の1はオークション販売によるものです。日本には無数のオークション会社やプラットフォームが存在し、さまざまな作品を販売していますが、その中で、アート、骨董品及びコレクターズアイテムに特化した事業者で、かつ、市場で定期的に販売活動を行っているのは、2023年現在で15社程度です。このような事業者から入手可能な公表データによれば、2023年において、その全カテゴリーを合わせた売上高は2億2,100万ドル弱となっています。

新型コロナウイルス感染症拡大時にはオークション売上高は減少しましたが、オンラインで支障なく続けられた小規模なオークションもあったことから、その減少幅(11%減)は、ディーラー市場に比べると著しく小さかったのが現状です。2021年に入ると業況は大きく改善し、同年の売上高は前年を 46%上回る 2億700 万ドルとなりました。回復基調は2022年も継続し、高額作品の成約もわずかながらあったことから、売上高は21%増となりまし。しかしながら、ディーラー部門と同様に、2023年には販売の伸びが鈍化し、総売上高は前年を12%下回る2億2,100万ドルとなりました。それでも、新型コロナウイルス感染症流行以前の2019年の水準をはるかに上回っています。画像を削除しました。

公開情報を基に2023年の売上データをみると、最大のオークション会社は毎日オークションで、市場シェアは 33%(価額ベース)です。また、上位5社合計の市場シェアは86%となっています。毎日オークションの強みは、同社が扱う膨大なロット数にあります。2023年に落札されたロットは2万1,000 点を超えましたが、その9割強は1万ドル未満でした(さらに、半分以上が1,000ドル未満のロット)。同社に次いで扱い量が多いのはシンワオークションで、2,500 点を超えるロットが落札されています(同様に大半は1万ドル未満)。オークションの開催回数においても、会社間で大きな相違があります。公表されている実績によると、最も多いのは毎日オークション(合計45回)で、以下、シンワオークション(11 回)、東京中央オークション(同)、SBIアートオークション(7回)が続いています。それ以外の会社は、すべて5回以下の開催となっています。

日本で開催されるオークションには、全カテゴリーを通じて、およそ5万3,800点が出品され、41,800ロット程度が落札されたとみられます。出品された全作品の22%が、最低落札価格に達せず買い戻し(bought-in house)となるか、不落札に終わっています。毎日オークションの買い戻し(buy-ins)比率が31%と高いことが、買い戻し率(buy-in rate)全体に大きく影響しています。同社以外では、不落札となる作品の比率は大幅に低く、東京中央オークション(1%)、SBIアートオークション(10%)、シンワオークション(17%)などとなっています。画像を削除しました。 世界のオークション市場においては、100万ドルを超える作品が売上高全体の非常に大きな割合を占めるのに対し、日本のオークションで取引される作品の価格水準はこれを大幅に下回る傾向があります。オークションではさまざまな作品が販売されるので、オークションの平均価格は参考価格としてあまり意味をなすものではありませんが、日本で取引される価格水準が低い事実を示す一例として取り上げてみれば、2023年において、日本のオークションで落札された作品の平均価格がおよそ6,200ドルであったのに対し、世界のファインアート・オークション平均では4万3,330ドルでした。日本での2023年の平均落札価格は、東京カルチャーオークションの1,015ドルから、アイアートオークションの2万715ドルに至るまでさまざまです。

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日本のオークションで2023年に落札された作品の大部分(98%)が5万ドル未満の作品であり、1万ドルを下回る作品でみても全体の91%と大半を占めました。さらに、全体のおよそ半分は1,000ドルにも満たない作品でした。この価格帯の作品が大きな割合を占めることは全世界のオークションにおいても同様で、国際市場で開催されるファインアート・オークションにおける取引件数の93%は5万ドル未満のセグメントです。ただし、世界全体では、このような低価格のロットが売上高に占める割合は少なく、全売上高の12%にとどまりますが、日本では、5万ドル未満のロットが全売上高の半分に達しています。

価格の範囲について更に詳細にみると、2023年に日本で開催されたオークションにおいて、10万ドルを超える価格で落札された高額作品は、取引件数ベースで0.03%、販売額ベースで7%とごくわずかにとどまります。これに対し、世界全体のアートオークションにおいて、このような高額作品の占める割合は全販売額の55%に達しています。2023年において、日本で100万ドルを超える作品が落札されたオークションハウスは4つしかありませんでした(公開ロット数は合計9ロットのみ)。2023年に高額落札された作品には、東京中央オークションの秋季オークションで4億6,000万円(330万ドル)で落札された清朝・乾隆帝の花瓶、シンワオークションで3億4,500万円(250万ドル)で落札された 1500年代の金茶道具一式、アイアートオークションで2億7,600万円(210 万ドル)で落札されたフランス印象派、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「Après le Bain」(1901 年頃)などがあります。

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日本のオークションにおいて最高額で落札されるファインアートの中では、西欧のアーティストの作品がその多くを占めてきました。工芸美術や骨董品、コレクターズアイテムを除いたファインアートのオークションに限定しても、1990年代の初頭から現在に至るまでに日本のオークションにおいて最高額で落札された50ロットのうち、21ロットが海外アーティストの作品でした。また、これまでの高額落札 作品トップ10のうち、6作品は西欧アーティストが手掛けたものでした。2022年に落札されたアンディ・ウォーホルの「Silber Liz(Ferus Type)」(1963 年)もその 1 つです。シンワオークションに出品されたこの作品は、バイヤーズプレミアム(購入者が支払う手数料)を含め2,100万ドルに迫る価格で落札され、同年のアート市場における販売増に大きく貢献しました。画像を削除しました。

近年は、草間彌生や藤田嗣治をはじめとする日本のアーティストの作品も、国内外市場で価格が
上昇しています。草間彌生は、2023年オークションでの販売額で世界第9位でした。しかし、約1億7,600 万ドルにのぼる草間彌生の販売額のうち、取引件数でみると日本はおよそ3分の1を占めていますが、国内での販売額は12%に過ぎません。日本での販売額は、2013年には全体の17%でしたが、その後、作品の人気が世界的に高まるにつれて、徐々に低下してきています。草間作品の場合、海外オークションでの高額落札が多いことがわかります。国内オークションでは202作品が落札されていますが、100万ドルを超えるハンマープライスがついたのは、13点に過ぎません。このような傾向は、奈良美智のような現代アーティストになると一層顕著に認められます。2023年の販売額全体に占める日本の割合は3%に過ぎませんでしたが、販売作品数でみれば、日本は4分の1を超えています。こうした事実から、日本のオークション市場における低価格構造が浮き彫りになってきます。ただし、
現代アート部門は別として、一部の物故アーティストの場合は、日本で開催されるオークション市場
がより大きな意味を持つこともあります。例えば、2023年において、藤田嗣治の作品は、国内開催の
オークションでの販売額が全体の42%(作品数では46%)を占めており、20世紀の画家である加山又造の全作品は国内オークションで販売されていました。

5. 国際間のアート取引  

日本は国内のアート取引だけでなく、世界市場においても重要なアートの購入者としての役割を果たしてきました。日本は、アジアにおいて歴史的に富裕層が多い国の一つであり、2023年におけるミリオネア人口はアジア第2位(世界第5位)となっています。2024年時点において、日本には世界のビリオネア人口の1%が在住するに過ぎず、この層に世界中の富の1%が集まっています。一方、米国にはビリオネア人口の29%が在住し、40%の富を握っています。また中国(香港を含む)では、世界の17%を占めるビリオネアに世界中の富の12%が集中しています。

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日本のコレクターはアート市場で歴史的に重要な存在であり、80年代末期のアート販売ブームの火付け役となりました。続く20年の間にその存在感は薄らぎましたが、個人・組織の双方において、往時よりも勢いは低下したとはいえ、アートの購入は続いており、注目される日本人コレクターも多く存在します。こうしたコレクターは、国内外の購入機会に顔を出し、いくつかの著名なコレクターリストに定期的に名を連ねています。米国に拠点を置くアートメディア『ARTnews』は、1990年以降、「トップコレクター200」というリストを毎年掲載しています。このリストから、年月の経過につれて、コレクターたちのバックグラウンドや所在がどう変化してきたかを知ることができます。「ARTnews トップコレクター200」2024年版のリストでは、5名の日本人コレクターの名前を確認することができ、アジア全体では、過去最高の33名が掲載されています。ただし、アジア地域のコレクター数が増加する一方で、アジアに占める日本人コレクターの割合や数は、1990年の半分にも満たない現状があります。当時のリストには12人の日本人コレクターが掲載されており、アジア域内では他を寄せ付けない勢いがありました。

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過去数世紀にわたり、アート売買の中心として揺るぎない地位を誇った欧米市場でしたが、1980年代後半になると、アート市場は日本人コレクターの購買力に負うところが大きくなりました。日本人コレクターは、当時市場に巻き起こったブームの火付け役となるとともに、のちの市場縮小を決定づけることにもなりました。1986年から1991年にかけて、大きく膨らんだ不動産価格や高騰する株式相場を受け、日本経済は資産バブルに沸いていました。戦後、日本は、1960年代から80年代にかけて、年平均8%という世界有数のペースで経済成長を遂げました。1970年代に政府が進めたマクロ経済政策の結果として、日本では貯蓄が大きく膨らむとともに、大幅な貿易黒字と円高が進行しました。この時期に進められた金融規制緩和と相まって、東京証券取引所の株式市場や不動産市場を中心に、強気な投機的動きが勢いを増しました。1989年末頃には、株価と不動産価格の双方が歴史的な高水準に達し、主要都市の地価は1970年から90年までの20年間で200%を超える上昇となりました。こうして、不動産市場では未曾有のバブルが発生したのです。

不動産価格と株価の高騰による富の蓄積と強い円をバックに、米ドル建てや英ポンド建ての美術品に対する購買力が強まったことから、1980年代末には、日本人によるアートの購入が著しく増加しました。その中心は、比較的知名度が高かった印象派やポスト印象派の作品です。このような動きは、価格上昇によって引き起こされた不動産市場での資産価値の増大によるところが大きく、需要誘発型バブルの様相が強かったのです。美術品の価格が急騰する中で、株式から得られるリターンや配当が低下しはじめると、投機筋がアート市場に流入するようになり、既に過熱気味であったアート市場をさらに煽り立てました。

経験の浅い購入者層がこのような日本人バイヤーの余剰資金を手にすることがしばしばあり、さらには、アートの資産価値に裏付けられたハイリスクの融資資金も供給されました。その結果、美術品の相場は急上昇し、中価格帯以下の作品に対してさえも、破格の金額が支払われていました。ブームが絶頂期にあった1990年、ディーラーとオークションハウスは、オークション入札者の3分の1(落札できたか否かは問わず)は日本のバイヤーだと指摘しています。残り3分の2は米国と欧州のバイヤーでした。

1990年までに、日本は世界の美術品輸入の 30%(価額ベース)を占め、英国や米国を凌いで最大の輸入国になっていました。この取引の大きな特徴は、購入者である日本への流入という、一方向限定の取引だったこと。日本からのアートの輸出は、当時の世界取引額全体の 0.1%にも満たなかったのです。 画像を削除しました。

アートの輸入額は、1990年に記録した43億ドルには遠く及ばないものの、近年になって再び伸びを見せています。例えば、2018年の輸入額は6億1,600万ドルと、それまでの5年間で倍増しています。ただし、同年を境に輸入は再び減少に向かい、2023年は4億5,700万ドルでした。主たる輸入元は、フランス(27%)、米国(25%)、オーストリア(13%)です。

1980年代後半から2023年までの間、日本は一貫してアートの輸入超過国であり、国外市場に送り出すアートよりも多くのアートを輸入していました。2023年における日本のアート及び骨董品の輸出額は 2億1,800万ドルで、主な輸出相手国は中国(香港を含む:29%)、米国(24%)及び韓国(11%)です。輸出額は2018年の4億900万ドルでピークに達しました。2023年にはほぼ半減となり、10年前の2013年の水準をも下回っています。なお、2023年の輸出額は輸入額の半分程度となっています。画像を削除しました。 これらの貿易データから、日本が依然として概ね内需市場であることが窺われます。すなわち、国際貿易の大部分が、海外からの購入に向けられているのです。輸出入の健全な流れは貿易を促進し価値を高めるために不可欠ではありますが、ディーラー調査では、2023年の対日貿易について、ディーラーの販売全体の 84%(価額ベース)が日本国内のバイヤーへの販売であると報告されており、販売の多くが内需にフォーカスしたものであることが明らかになっています。日本の国際貿易に関する上記の特徴も、同調査の方向性と一致しています。

6. 経済的影響 

上述したアート及び骨董品取引に関連するすべての事業は、販売、支出及び雇用を通じて、日本経済において重要な役割を果たしています。また、アート市場は、以前にも増して多彩なイベントを主催するとともに、国際アートフェアや展覧会のような、周辺産業に相当な規模の経済活動を創出し収益増に寄与しているイベントを間接的に支援しています。GDPに対して肯定的かつ重要な貢献をするとともに、政府の財政収入にも寄与しています。このような側面は、今回調査の範囲外でありますが、時間をかけることで測定・評価が可能と考えられます。

アート市場の雇用創出   

日本のアート及び骨董品市場を主に構成するのは、多数の知識集約型の小規模事業者です。アート及び骨董品の販売に特化した事業者だけで、非常に堅めに見積もっても、2023年のアート市場における事業者数は2,080を超えるとみられ、1万2,675人を超える雇用を直接的に生み出しています。この数字は、アート以外の物品やサービスの販売を兼業するオークション会社や小売業者を含まないので、雇用創出を通じたアート市場の経済的インパクトは、実際にはこれよりも大きいものとみられます。

さまざまな事業者が存在するものの、アーツ・エコノミクス社が2023年に行ったディーラー調査によれば、日本のディーラー部門における1事業者当たり平均従業員数は6名でした。この平均値には、30 人以上を雇用する少数の(全体の 4%)大規模事業者のデータが影響しています。一方で、調査対象事業者の3分の1強は、個人事業者又は2名で構成する小規模共同事業です。平均従業員数及び2023年現在で事業を行っているギャラリー総数に基づいて算出すると、日本のディーラー市場で雇用される従業員数はおよそ12,370人となります。

前述のとおり、ファインアート、工芸美術及び骨董品に特化したオークションハウスは15件程度存
在します。準大手オークション部門の従業員数は、世界全体の中央値で20名程度であることから、2023年において、日本のオークション部門ではおよそ300人が雇用されていると試算されます。

この数字には、アート市場によって雇用を直接支えられている多くの関連分野、特に、生計を維持するために強力な国内市場に依存しているアーティストなどは含まれていません。上述したとおり、ディーラー調査によると、日本ではディーラー部門に属する事業者の63%がプライマリー市場で事業を行い、アーティストの新作を取り扱っています。その中には、プライマリー市場専業の事業者と、セカンダリー市場でも販売を行う事業者が混在しています。国勢調査の結果によると、2020年時点で、日本には4万7,320人のビジュアルアーティストが存在しています。この数字には、彫刻家、画家、工芸作家が含まれ、そのすべてが、収入を健全なアート市場に依存しています。

アート市場は、日本全国の文化施設や博物館とも密接な関係性を持っています。2021年現在、全国には 5,771の博物館(登録博物館、博物館相当・類似施設を含む)が存在しています。うち、1,060は美術館で、1万8,000人強が雇用されているとみられます。アートフェアなどのイベントにも相当な規模の雇用創出効果があります。例えば、日本で行われている10のイベントで200人以上の雇用を生み出しているほか、広範な臨時雇用・関連雇用の機会を提供しています。

つまり、アート取引に従事する1万2,675人の雇用に加え、より広義のアート市場においては、直接的に関連する分野で少なくともさらに6万5,520人の雇用が創出され、合計で約7万8,200人の雇用を支えています。

付随的な消費支出 

アート市場自体が生み出す収益と雇用に加え、その多くの周辺産業やサポートサービスにも雇用創出効果があります。アートの取引には、外部のサポートサービスが広く利用されています。このようなサービスは多くの場合、高度に専門化されたニッチなビジネスであり、アート市場なしにはおそらく成立し得ません。美術品の保存や修復のような高度に専門的な技術は、アート取引のなかで高められるものであり、それ自体が専門化した業界を形成し、独自の学術施設や研修インフラを備えています。保険、梱包、輸送などの他の分野では、アート以外にも多くの産業で共通にサービスが利用されていますが、アート取引においては、こうしたサービスの範疇でも高付加価値のニッチビジネスを育成し、アート市場の買い手と売り手の専門的なニーズに応えてきました。そのような理由から、日本では、アート市場と骨董品市場なしには発展し得なかった専門的なスキルを支援・育成する役割を、これらの市場が担っているのです。

世界と日本のアート分野を対象として2023年に実施した調査結果に基づいて推計すると、控えめに見積もっても、平均でアート販売で得られる年間収益のおよそ20%(1億3,600万ドル)が、アート取引関連の周辺サービスや関連製品に投じられているとみられます。このような支出による雇用創出効果を正確に把握するためには、さらなる調査を要しますが、日本において、高度な技能が求められる専門的な業務での雇用の創出に、効果的に寄与していることは明らかです。画像を削除しました。上述の支出額及び雇用データには、アーティスト、博物館その他のアート関連施設、又はアート部門に属するアートフェア会社やイベント会社に付帯する支出額や業務は含まれていません。しかし、これらはすべて、アート部門に極めて大きな経済的インパクトを与えています。

さらに考慮すべき重要な要素の1つとして、アート市場とその関連産業に雇用される従業員のすべてが、得られた収入(賃金、給料、利益、賃貸料、配当)を経済に還元するならば、それが循環して、日本経済全体の広範な産業に、収入と雇用を生み出すという事実があります。経済全体に及ぶこの好循環は、波及効果又は「乗数」効果を通じて作用しています。すなわち、アート取引に伴う雇用の増大によって、経済全体の所得の増加に直接・間接的に寄与するだけでなく、この所得増加分の一部が、さらなる物品やサービスの購入に振り向けられることによって、より広範な効果がもたらされるのです。間接的または誘発的な効果の算出に適用される適切な乗数を得るためには、活動水準とサプライチェーンとの連関の程度を知る必要があります。連関が大きくなるほど、乗数も大きくなると考えられます。産業連関分析によって算出される乗数の大きさにはばらつきがあります。観光客を対象とするイベントの場合は平均で1.5ですが、アートに特化したイベントや産業の場合はもっと大きい値(2から3)になることが多くなっています。

最後に、アート市場とその関連活動は、売上、雇用所得、利益に対する税金や課徴金を通じて、日本政府の予算にも直接的かつ重大な貢献をしています。アート市場がもたらすインパクトを取りこぼしなく算出するには、このような要因をすべて織り込むとともに、経済全体にもたらされる波及効果を考慮することが極めて重要です。本調査報告は、アート分野における売上と雇用の規模を計測する試みとして、最初の一歩を印すものです。この分野が経済や社会、文化に及ぼしている極めて重大なインパクトについて、完全な形で概観するには、さらなる調査が必要でしょう。それによって、アート市場自体の規模とは不釣合いなほど大きな価値とリターンが創出されていることが明らかとなることでしょう。

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