京都にある細見美術館にて2023年5月31日(水)まで、特別展「初代 志野宗信没後五百年記念―香道 志野流の道統―」が開催中です。本展は、初代志野宗信(しのそうしん 1443年-1523年)の500回遠忌を記念して、貴重な名香と香りにまつわる美術工芸品の数々を展観し、多様な日本文化の結晶ともいうべき「香道」と、志野流の歴代の系譜を紹介するもの。細見美術館では2003年の「香りの美術-貴なるものへの憧れ―」展以来、20年ぶりの「香」の展覧会となります。
『日本書紀』によると、日本の香文化の幕開けは、推古天皇3(595)年4月、香木が淡路島に漂着したことに始まります。香木は、仏教という宗教儀礼の中で重用され、やがて平安時代には貴族たちがその栄華を香りの調合と和歌に表し、また遣唐使の廃止による国風文化の勃興に伴い、中国とは別の日本独自の「香の道」の歩みが始まったといいます。香は和歌とともに、貴族たちが自らを表現する重要な手段となりました。
そして、応仁の乱後、東山慈照寺(銀閣)において、足利八代将軍義政公の同朋衆である志野宗信の手によって、その香道の基礎が作られ、以降現代まで、志野流は500年以上にわたり20人の家元によってその道統を継承されてきたとのこと。江戸時代には、京都だけに留まらず、徳川将軍家庇護のもと、全国武家や江戸城大奥、公家、僧侶から市井の人々にいたるまで賞玩され、高雅な芸道として成熟したそうです。
500年もの歴史を持つ志野流とは
志野流は、室町幕府足利八代将軍義政公に仕えた初代志野宗信を流祖とし、宗信が創始した流儀としての香の作法、精神を現代に至るまで500年にわたって途切れることなく継承してきました。現在は、パリ、上海、ボストンなどを含め国内外に広く発信し、日本文化の保護、また世界との文化交流の一翼を担っています。
志野流は創始以来、京都・烏丸今出川の界隈に住居を構えてきましたが、幕末の動乱期に禁門(蛤御門)の変(1864年)で家屋を焼失し、京都の地を離れて名古屋に移転したという歴史的経緯を持っています。
志野流香道二十世家元の幽光斎宗玄は「本展が、香道と志野流の原点ともいうべき京都の地で開催されることは、流祖宗信への何よりのはなむけになると存じ、万感胸に迫る思いがいたしております。本展を通じて、志野宗信の業績の一端に触れていただき、それを礎として開花した日本の伝統文化の根幹たる、香道の深淵なる世界を体感いただければ幸甚に存じます」と語っています。
二十一世家元継承者の一枝軒宗苾は「百年に一度のパンデミックは、世界的な混乱を招いた一方、産業革命以降、生き急いできた私たち人間を強引にではありますが一旦立ち止まらせ、脚下照顧、自分を見つめ直す時間を与えてくれました。本当に大事にしなければいけないことは何か、人と人、人と自然界との関係性を考えるきっかけにもなっているかと思います。街中で突然起きる悲しい事件から国と国との紛争まで、新しい時代を迎えるにあたり、最後に私たちは膿を出し切ろうとしているのでしょうか。
私は、普段のお稽古で香木と向き合うとき、何故自分はこの世に生まれ、どう生きていくべきなのか、SDGsが大事だと口では言うけれど、果たして自分は地球に対して優しい生き方をしているのか、香木を扱う身として常に問うています。自分の未熟な精神(果実)が、いつか熟して芳醇な香りを放てるように、今はひたすら聞香の日々。その香りが少しでも遠くの国々にまで漂い、一つでも多くの笑顔へと繋がったとき、自分がこの香道の家元に生まれた理由が何かしら分かるのかもしれません。
この度、「日本の美と芸術文化の集大成」として「香道からKODO」へと新たな歩みを始めます。世界に誇るべき香道具コレクションをご鑑賞いただき、日本文化の真髄としての香の世界をご堪能いただければ幸いです」と述べています。
香道の本質とその魅力
香道は、茶道・華道・能などとともに、室町時代に婆娑羅大名をはじめとした一部の上流階級の贅を極めた芸道として誕生しました。中でも香道は、それら中世芸道のエッセンスを凝縮した文化として洗練度を高め、当時としては非常に稀少な東南アジア産の天然香木を研ぎ澄まされた感性で判別するという、独自の世界を構築。香道は、沈水香木と言われる天然の香木の香りを鑑賞する芸道です。
香道は禅の精神を大事にし、礼儀作法・立ち居振る舞いなど約束事の多い世界であり、上達するにつれて和歌、漢詩、古典文学や書道の素養も求められるといいます。ただし、香道の原点は何よりも、香りそのものを楽しむことにあるそう。
香道は精神世界の芸術です。あらゆる感性を研ぎ澄まし、微かに漂う幽玄の香りに、ただ無心に精神を委ねます。現代人が生きていくために必要な感覚として、嗅覚は五感の中で最も重要視されなくなってしまいましたが、日頃の稽古の中で多種多様な香りを聞き分ける、あるいは一つの香りを追求する、その繰り返しを行っているといいます。それによって新たな感受性が生まれ、やがて自分だけのイメージ世界が創造できるとのことです。
細見美術館での志野流・香道の展示構成
細見美術館は、第1展示室、第2展示室、そして第3展示室の3つの展示室で構成されています。
第1展示室では、「『香道』の世界」として、香席・松隠軒の再現をはじめ、総合芸術「香道」の世界を紹介。第2展示室は2つの展示から成り立ち、「Ⅰ.『志野流』の世界」は、志野流歴代家元にまつわる名香・香道具の展示を通して、志野流の伝統を紹介します。「Ⅱ.『香木』の世界」では、志野流歴代家元20人が人生をかけて守り、伝えてきた名香の数々を特別展示。中でも、奈良時代、中国を経由して聖武天皇の手に渡った究極の名香と呼ばれる「蘭奢待」(らんじゃたい)を特別展示。蘭奢待という雅な名前が付けられ、権力や権威の象徴として天下人達の憧れだったそう。最後の第3展示室では「魅惑の香道具」として、志野流や細見美術館所蔵の香道具を紹介します。
以上、細見美術館で開催中の香道の特別展「初代 志野宗信没後五百年記念―香道 志野流の道統―」をご紹介しました。香道の歩みを振り返り、貴重な名香と香りにまつわる美術工芸品の数々の世界感を体感してみてはいかがでしょうか。
■特別展「初代 志野宗信没後五百年記念―香道 志野流の道統―」
会期:2023年3月4日(土)~5月31日(水)※一部展示替えあり
場所:細見美術館
京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
Tel.075-752-5555
開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜日(ただし、5月29日は開館)
入館料:一般 1,500円 学生 1,300円