今、世界中を席巻しているNFTムーブメント。2012年3月、アメリカの競売会社クリスティーズが主催するアートオークションで、インターネット上の1枚の絵画が75億円で落札されました。デジタルアート史上最高額にして、現代アート現存の歴代作家第3位を記録したこの事柄は、オンライン上で2,200万人によって実見され、このことが契機となりNFTは一大ブームを巻き起こしています。
NFTとは「 non‐fungible token 」の頭文字をとったもので、デジタルデータをオンライン上の完全に独立した固有の価値がある資産として流通させるもの。ブロックチェーン技術によるデジタルな「オリジナル」の証明システムです。
現在、この改変不可能な暗号技術は、オンライン上にあるあらゆる非物質的な情報に所有権を付与し資産化するものとして活用・認知されるようになっていますが、その起源のひとつは、 2014年5月にニューヨークの芸術家ジェニファー&ケヴィン・マッコイが生み出した作品「 Quantum 」に遡るとのこと。それは投機のためではなく、誕生、死、そして再生を表現するための抽象的な芸術作品のコードとしてNFTが生まれたことを意味するそう。アーティストが「 monetized graphics (収益化された画像)」と呼んだ芸術の実験的な意図を超えて、デジタルな複製物に物理空間の特権であった「唯一性」が人工的に与えられ、 web2.0が創り出してきたインターネット上の有象無象の公共財はグローバル資本主義の市場へ一挙に変貌しましたが、本展ではその実験性へ立ち還ることを試みていると、本展企画者の高橋洋介(decontext)と監修者の飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)は述べています。
20世紀を代表する哲学者のひとりであるヴァルター・ベンヤミンは、複製技術が普及する近代以前の時代を考察し、複製不可能な芸術が持っていた「いま、ここにしかない」という「1回性」や「礼拝的価値」を「アウラ」と呼び、映画や写真が芸術の「1回性」を喪失させ、芸術そのものが世俗化していくことを肯定しました。しかし、 NFTの登場は、複製技術が「1回性」をもつという状況を生み出し、ベンヤミンが 20 世紀の芸術の命題として提示した「アウラ」の問題を根幹から更新しようとしているとのこと。
GYRE GALLERYで5月21日(日)まで開催中の『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』 展は、NFT(偽造・改竄不可能なデジタル証明書)を用いた芸術的実験に焦点を当て、「分有」「シミュラクラのアウラ」「超国家的権力」という3章構成になっています。それぞれの主題は、「所有・契約」、「制作」、「展示」という作品の前提条件とも呼応し、 20 世紀の美術史に連なるもの(特にコンセプチュアルアートの論理的帰結)として 2014 年以降の約 10 年間に制作された NFTアートを位置付けています。
20年代の始まりに起きた空前のNFTアートバブルは、仮想通貨の盛り上がりとともに瞬間的な暴騰の後、あっという間に崩壊。しかし、NFTは芸術を投機的な金融商品に変えるものに過ぎないのでしょうか? あるいは、既存の社会や芸術のルールを破壊し、表現の解放をもたらし、新たな歴史を描き出すものになり得るのでしょうか?―本展は、そんな疑問を熟考できる良い機会となっています。
今回は、本展に展示されている中でも、ダミアン・ハースト、ラファエル・ローゼンダール、チームラボ、そして森万里子にフォーカスしてお届けします。
1.ダミアン・ハースト〈The Currency〉
1965年ブリストル(英国)生まれ、現在ロンドン、デヴォン(英国)在住のアーティストであるダミアン・ハースト。1988年、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ在学中、世界的コレクターであるチャールズ・サーチの支援を受けて、英国現代美術に旋風を巻き起こし、世界的にその存在を認知させたYBA現象の中心的存在です。
彼による作品〈The Currency〉は、ドット状の絵画をデジタル化したNFTです。彼はこれを1万点発行し、1作品2,000ドル(約20万円)で抽選販売しました。総額で120億円の売り上げを記録したといいます。所有者は購入した1年後、NFTのまま保管するか、それとも現実の絵画と交換するかを選ぶ必要があり、最終的に5,149人が絵画を、NFTは4,851点選ばれました。回答期限後に、ロンドンのギャラリーの壁に設置された焼却炉で、消防服を着用したハーストによって、選ばれなかった4,851点の絵画、販売当初価格で10億円以上が焼却されました。これは資本主義的な現代アートを皮肉っているとも解釈でき、所有とは何か、価値とは何かが問われていると見て取れるでしょう。
2.ラファエル・ローゼンダール〈Center〉
1980年にオランダに生まれ、現在ニューヨーク在住である、インターネット・アートの代表的作家 ラファエル・ローゼンダール。シンプルな造形と動き、象徴的な色彩、遊び心に満ちたプログラム映像とインストラクションをWEB上で発表し、それらを用いたインスタレーションや絵画、タペストリー作品などを現実の展示空間でも展開してきました。
こちらの作品〈Center〉は、2022年に発表されたフルオンチェーンのNFTシリーズで、アルゴリズムによって自動生成されたスクリーン上の絵画です。本展では、物理空間で高さ3mまで拡大された壁画とモニターに映し出されたデジタル画像が対になって展示されています。複数同時に異なるスケールへ変化可能なデジタル画像特有の方法論が現実空間に応用されているとのこと。作品に固有のドメインを与え、アルゴリズムで作品を制作してきたローゼンダールらしい作品です。
3.チームラボ〈Matter is Void〉
2001年に活動を開始したアートコレクティブのチームラボ。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団としても知られています。アーティスト、プログラマー、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストで構成されています。
この作品〈Matter is Void〉は、NFTを所有しているかどうかに関わらず、誰もが無料で本作をダウンロードして所有者になれるもの。ただし、作品の文字を自由に書き換えられるのは、〈Matter is Void〉シリーズ全7種のNFT所有者に限られるといいます。誰かが文字を書き換えると他の全ての所有者の作品も同期して書き換えられ、例え同じ言葉を書いたとしても二度と元の状態を表示することはないそう。本作の「Matter is Void(物質は空虚)」という題名は、仏教の「色即是空」という言葉、つまりこの世の全ての物に永久に変わらないものなどなく、本質は空虚であるということを表現しています。
4.森万里子〈NFT/Eternal Mass〉
1967年に東京に生まれたアーティストの森万里子。90年代半ばに世界のアートシーンに登場してきた彼女は、日本のポップカルチャーを強く意識。自らが扮する近未来的な少女像の写真作品で、一躍注目の的となります。その後は、自然との融合や輪廻転生といった、より深遠でスピリチュアルな作品へと変化していきます。
「今回、NFTの展覧会を開催したいと思ったきっかけが、森万里子の作品をNFT化したかったら」と、本展の監修者である飯田が述べているように、一見の価値があるこちらの作品〈NFT/Eternal Mass〉は、白い空間を漂う一対の生命体のような3D彫刻。世界の全てを振動する1次元の小さな線から説明する超弦理論から着想を得ています。世界を10次元で説明する超弦理論では、空間+時間の4次元に加え、人間に知覚できない次元がさらに6つ存在するといわれています。彼女は、この「見えない6次元」が必ず対として存在する現象(「カラビ・ヤウ多様性」のミラー対称性)を、男女一対の神々が天地を創造したという日本の古来神話に重ね合わせたそう。科学が記述する素粒子の超近代的な理論と、輪廻転生や魂の信仰をひと繋ぎにした本作は、生命や物質の根幹をなす原理の表現とも解釈できると、本展企画者の高橋と飯田は捉えています。
以上、『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』 展についてご紹介しました。未曾有の情報環境において、現代のアーティストが果たす役割を検証・再定義し、私たちの生活の現実と、そこから形作られる精神と文化に、仮想空間が及ぼす影響について模索している本展を、ぜひご自身の目でお確かめください。
■『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』 展
会期:2023年3月24日 (金) -5月21日(日)
会場:GYRE GALLERY
東京都渋谷区神宮前 5-10-1 GYRE 3F
Tel. 0570-056990 (ナビダイヤル)11:00-18:00
入場:無料