加藤智大は、2006年に多摩美術大学大学院美術研究科修士課程を修了後、金属加工会社で腕を磨きながら作家としての自歩を固めます。作品は一貫して鉄を素材とし、物質と社会の関わりをテーマに制作されます。2013年、第16回岡本太郎現代芸術賞展にて発表した「鉄茶室轍亭(2012年制作)」が岡本太郎賞を受賞。また、同年に岡本太郎記念館で行われた個展「太陽と鉄」では、牢獄を模した自身の作品の中に、館の所蔵品である岡本太郎の作品を投獄するという、強烈な視覚体験と批評性に富んだインスタレーションを発表。重々しい鉄格子に囚われた作品は鑑賞する事を阻害され、「モノ」としての脆弱性が浮き彫りとなります。また、牢獄という制度を模倣する事で、鉄という物質が持つ根源的な暴力性を見事に視覚化するとともに、美術館という権威主義的な体制に隠れた側面も同時に表現しました。2014年、アーツ千代田で開催された3331 Art Fairでは、成人男性1人が入れる程の檻の作品を発表。鑑賞者が鉄格子の作品の中と外を行き来することで、作品と鑑賞者の間にあった一方向的な関係性を融解させ、固定化された価値観を揺さぶる試みを展開します。これらの展示が契機となり、次第に加藤は社会に潜在する”境界”に強く関心を抱くようになります。
本展では、新作を加えた立体作品「anonymous」シリーズと、ギャラリーでは初の発表となる平面作品「iron oxide painting」シリーズを紹介します。立体作品「anonymous」は匿名の人物や兵器の輪郭を反復する鉄線の集積に置き換えた彫刻作品です。複雑な鉄線の羅列によって、抽象化されたモチーフのフォルムのみが強調された作品は、視点を動かしながら鑑賞することで干渉縞(モアレ)の視覚効果を引き起こします。鉄の強固な物質性は去勢され、作品はまるで揺らめく残像のように空間に佇みます。
平面作品「iron oxide painting」は適切な粒度に砕いた酸化鉄をメディウムに添加した独自の画材を用い、レリーフ調にモチーフを描き出した絵画作品です。鉄そのものと見間違えるような赤錆の質感や画面の重厚感は、鑑賞者の視覚的認識を混濁させると同時に「絵画と物質」という普遍的なテーマを強く意識させます。今展で発表する作品は主に、肖像(ポートレート)をモチーフに展開されます。描かれる対象は、海外の各自治体管轄のもと、インターネット上で公開されているマグショットと呼ばれる犯罪者が逮捕後に撮影されるポートレート写真のアーカイブから選定しています。それらのモチーフに匿名性を持たせる為、大小様々なドットに置き換えて描く事で、肖像画というフォーマットを踏襲しつつも、より抽象性の高い絵画作品へと昇華させています。
加藤は「私の作品には犯罪に対しては礼讃や悪罵と言った意思は毛頭無い。あくまで世の中に潜在する一つの境界として捉えており、鑑賞者がそれを自由に横断し、思考する事を促すインターフェース(境界面)になればと思う。」と言います。